日本製鉄によるUSスチールの買収計画に、米鉄鋼2位のクリーブランド・クリフスが割り込んできた。同社のローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は米時間13日の記者会見で「日本は中国より悪だ」「1945年以来、学んでいない」など理解不能の暴言を繰り返した。日鉄に劣る買収条件を提示して脱落した経緯がある同社だが、ドナルド・トランプ次期米大統領の歓心を買うことで買収を成功させたい狙いもうかがえる。ゴンカルベス氏はさらに、買収禁止を命じたジョー・バイデン大統領に「懸念」を伝えた石破茂首相に対しても「同じ要求をトランプ氏に繰り返してもらいたい」と挑発した。買収計画は政治問題の色を強めており、石破政権が無策のままでは日本の国益を損ね、日米関係の悪化を招きかねない。
◇
ゴンカルベス氏は記者会見で、「中国は悪い。中国は邪悪だ。中国は恐ろしい」と述べつつ、「しかし日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の手法を教えた」と言及した。
日鉄が中国国有の宝武鋼鉄集団の子会社、宝山鋼鉄と合弁を組んでいたことを批判したものだ。2024年に合弁を解消したが、中国からの安価な鋼材が米国の鉄鋼業を衰退させたと強調する狙いだ。
ゴンカルベス氏は第二次世界大戦を引き合いに「世界が平和になるにはわれわれの血を吸うのをやめないといけない。1945年以来、われわれの実力を学んでいない。日本は自分が何者であるか理解していないことを自覚すべきだ」と日本批判を展開した。
こうした暴言について、経済安全保障アナリストの平井宏治氏は「言いすぎで、不愉快な面もある。ダンピングも中国の国家資本主義の中で行われ、日本が教えたことではないので事実誤認だ。一方で、技術に関しては、日鉄は宝武鋼鉄と協力してきた背景もあり、日本は痛いところを突かれている」と指摘する。
前駐オーストラリア大使で外交評論家の山上信吾氏は「1980年代の日米貿易摩擦の時代に先祖返りしたのかとショックと憤りを覚えた。『日本は中国よりも悪い』というのは言語道断だ。日本は同盟国で中国は競争相手という区別もない。時代錯誤と偏見に満ちている。日本は今回の発言を看過せず、猛烈に反応しなければならない」と話す。
ゴンカルベス氏はブラジル出身で、米国に移住し、鉄鋼・鉱業関連企業の経営者などを務めた。2014年にクリーブランド・クリフスのCEOに就任後、国内企業の買収を繰り返して成長させた。米国鉄鋼協会の会長も務める。
クリフスは23年にはUSスチールに対し、総額70億ドル(約1兆1000億円)余りでの買収を提案したが、同社は141億ドルを提示した日鉄を相手に選んだ経緯がある。
日鉄は違法な買収妨害工作があったとして、今年に入ってゴンカルベス氏らを提訴している。
ゴンカルベス氏は会見で「(USスチールを)買収したい。計画がある」と強調した。米CNBCは13日、クリフスが電炉大手ニューコアと提携して、クリフスが現金でUSスチールを買収後、USスチール傘下の電炉会社をニューコアに売却する計画だと報じた。ただ、日鉄はUSスチール株を1株当たり55ドルで取得する計画だが、クリフスは30ドル台後半で買い取る方針で、日鉄の提示額を下回る。
「日鉄との買収計画が破棄されないと、われわれは何もできない」というゴンカルベス氏は「米国第一主義」を強調し、トランプ氏に露骨にすり寄ってみせた。
石破首相が、バイデン氏の買収禁止命令を疑問視したことに関しては「この首相には(20日の米大統領就任式まで)あと7日待って、同じ要求をトランプ氏に繰り返してもらいたい」と挑発した。
■石破首相「企業と企業の問題」
石破首相は13日、バイデン大統領らとのオンライン会談で、買収禁止命令について、日本だけでなく米国の経済界からも強い懸念の声が上がっているとして、払拭に向けた対応を強く求めた。首相は会談後「いろいろなやりとりがあったわけではない」と公邸で記者団に述べ、バイデン氏の反応には触れなかった。
一方で首相は12日放送されたBSテレ東の番組では「政府として言うべきことは言うが、基本的に企業と企業の問題だ」とも発言した。
日鉄の買収については、バイデン氏が命令で求めた計画の放棄期限が2月2日から6月18日まで延長された。トランプ氏の判断がますます重要になってきたが、石破首相との対面での会談は2月上旬をめどに調整中だ。
前出の山上氏はこう強調した。
「ゴンカルベス氏の暴言を招いたのは、日本政府が及び腰の態度をとってきた責任もある。石破首相がトランプ氏にも会えず、米国との関係が構築できていないことで高をくくって挑発に出た面もあるのではないか。日本政府は『全く違う。日本は米国の鉄鋼業を助けるのであり、中国鉄鋼業が世界市場を席巻しないよう供給網を強靱(きょうじん)にするためだ』と主張しなければならない。暴言を無力化するよう日本の政治家や外交官は努めるべきではないか」