横浜のドヤ街・寿町の中心にある「横浜市寿町健康福祉交流センター」前の交差点は、ドヤで暮らす住人たちのたまり場となっている。寿町に事務所を構えている私もよくこの交差点に入り浸っては、住人たちに酒をおごったりおごられたりしている。
寿町に暮らすようになってわかったが、この街には心を病んでいる人が少なからずいる。それは話しているうちにわかってくることもあるが、自分から言ってくることもあるし、ドヤの部屋に転がっている処方箋薬を見てわかることもある。
とある日の深夜1時、交差点で伊藤という60代の痩せ細った男性と知り合った。彼が一方的に話す経歴がとにかくすごい。学習院大学卒。ボクシングのフライ級王者にして、タイのムエタイ王者にもキックルールで勝ったことがある。そして、つい一昨日も近所にある「カシアスボクシングジム」で道場破りを果たしたという。
私は「すごいですね」と言うしかない。
「近くのドヤに住んでいる元妻に会うからついてきて」
伊藤さんに言われるがままついていくと、目の前に不法投棄のゴミが散乱しているドヤについた。
「大西くーん」
伊藤さんがドヤの1階にある部屋のドアをたたくが、当然反応はない。なぜ「大西くん」なのかもわからないが、隣の部屋のドアが少し開いている。こんな時間に迷惑じゃないかと隙間から中をのぞくと、首にコルセットを巻き、介護用ベッドに寝たきりの老人が天上を見つめていた。
「俺は普段、カバンをつくっているの。工場に連れていってあげる」(伊藤さん)
もちろんすでにシャッターは閉まっていたが、連れて行かれた先にあったのは、福祉サービスの作業所であった。
交差点で知り合った高橋という50代の男性は病気を患っている上、重度のアル中でもあった。酒に酔い、交差点にいる人たちに「金を貸してくれ」と言って回り、全員から断られ、暴れ回り、そして殴られる。そんなことの繰り返しなので、もはや誰からも相手にされず、邪険にされていた。
私は高橋という男性の部屋に2回、遊びに行ったことがある。元自衛隊特殊部隊だとか、都知事の元彼だとか、1度目と2度目で言っていることが違う。
しかし、会うたびにいつもする話がある。東日本大震災で家族全員を失ったと言い、そして、嗚咽(おえつ)を漏らすほど涙を流す。
私はこの話が本当なのか妄想なのか考えていた時期もあった。しかし、本人がそう話すのであれば、それはもうそれでいいのではないか。それから私は、高橋という男性の言動をいちいち妄想か否かと考えることを止めたのだった。
■國友公司(くにとも・こうじ) ルポライター。1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術学群在学中からライターとして活動開始。近著「ルポ 歌舞伎町」(彩図社)がスマッシュヒット。