こんな展開になるとは、多くの人は予想すらしなかっただろう。岸田文雄首相が14日午前、9月の自民党総裁選への不出馬を表明した。
それを合図とするかのように、総裁レースの火蓋が切って落とされ、次期総裁を狙う〝候補者〟の名前が10人以上も挙がっている。総裁選出馬には20人以上の推薦人が必要だ。全員が出馬できるとは限(かぎ)らない。そこで推薦人争奪戦が行われるが、ここが一つの見どころになる。
名前が公表される推薦人になることは、一定のリスクが伴う。自分が推薦した候補が当選すれば、組閣や党人事で優遇されるかもしれないが、落選すれば冷や飯を食う羽目になりかねない。
しかも来年7月には参院選が予定され、同10月末までには衆院選が行われる。それまでに経歴に箔(はく)を付けたいと望むのが人情だ。
そうした観点で、いち早く推薦人を確保した候補が選挙戦で有利となるだろう。多数の希望者が「ドングリの背比べ」の現状で、頭一つ抜け出すことができるなら、「勝馬に乗りたい」面々が集まりやすく、それが追い風になるかもしれないからだ。
だからこそ14日夜、茂木敏充幹事長は54人の志公会(麻生派)を束ねる麻生太郎副総裁の支援を要請したのだろう。しかし、2時間余りの会食の後にステーキ店を出た2人の表情は、晴れ晴れとしたものとはいえなかった。
岸田政権では盟友として党務を仕切った両氏だが、総裁選に意欲を示す河野太郎デジタル相が派閥内にいる麻生氏にとって、茂木氏の要請は簡単に受けられるものではない。
総裁選は〝キングメーカー〟の地位をかけた戦いでもある。支援した候補が勝てなければ意味がない。だからこそ麻生氏はかつて、上川陽子外相を「あのおばさん、やるねえ」と持ち上げたのだろう。さまざまな候補を手中にして保険をかけようとした思惑に相違ない。
上川氏は解散予定の宏池会(岸田派)に属するが、同会には「ナンバー2」の林芳正官房長官がいる。林氏は参院議員だった2012年に総裁選に挑戦した。21年に衆院に転じ再び、総裁に意欲を示す。
茂木氏が会長を務めた旧平成研(茂木派)からも、加藤勝信元官房長官が手を挙げようとしている。こうした動きが「派閥分裂」に拍車をかけるのか、それとも再び結束力を高めるのか―。
岸田首相の不出馬宣言は、自民党の大きな変容を迫るものであることは間違いない。 (政治ジャーナリスト)