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BOOK 小説家・カツセマサヒコさん 結婚も離婚も、するもしないも…「男性の加害性」に向き合い、過去と未来をどう生き得るか 『ブルーマリッジ』

zakzak by夕刊フジ 2024年8月10日 10時0分

デビュー作が若者を中心に熱烈な支持を集め、10万部を超えるベストセラーになったカツセマサヒコさん。「小説は3作目が勝負と言われがち」と自覚する本作で、「結婚」と「男性性の加害性」というテーマに正面から取り組んだ。人は無自覚の加害や、過去の加害にどう向き合うべきなのか。若者と中年、両方の視点を通して、未来への険しくも光ある道筋を描く。

若者と中年、二人の視点で

後悔がどんどん

──彼女へのプロポーズと妻からの離婚宣告。二人の男性が臨む対照的なシーンから物語が幕を開けます。着想は

「ライターを始めたのが2014年くらいなのですが、その頃から徐々に、フェミニズムやジェンダーに関する知識が増えていきました。そうすると、自分の過去の無自覚な加害性や、意図していなかったけど差別的だった言動などがどんどん湧いてくるんです。後悔の気持ちが日に日に大きくなっていき、過去とどう向き合うべきなのかを書くしかないと思うようになりました」

「結婚に向かう20代の雨宮と、妻から離婚を切り出される50代の土方(ひじかた)、両方から離れている30代後半の僕だから、冷静に描けることもあります。どちらかというと自分の未来でもある中年男性をメインに据えたくて、最初は土方のシーンから書き始めていたんです。でも、僕の本には若い読者が多いからと編集者に反対されまして…1年くらい改稿を重ねた末、雨宮の場面から始めることになりました」

──土方は輝かしい営業実績はあるが、女性部下へのハラスメント疑惑が浮上する、悪い意味での〝昭和の男〟です

「昭和は土方のような男性が評価され、称賛されもしましたが、時代が変わり価値観が変わっても、土方はその変化に気づくことができないでいる。加害性を自覚しないまま誰かを傷つけている彼らが容易に変われないことはわかっていますが、それでも、希望を書きたいと思いました。ただ、希望を書くためには、絶望的な現状を克明に書く必要があります。しんどい場面でしたが、土方の加害性をつぶさに書いていきました」

──一方、若い雨宮は、期待の若手社員として、人事部でハラスメント対応をしている。ご自身の会社員経験が参考に

「大企業で人事系の仕事をしていたときの経験も入っていますし、本で学んだことも書いています。こうした加害・被害の物語を書くにあたり、登場人物の言動にリアリティーがあるかを意識しましたし、実際に似たような被害にあった方が、自責の念に駆られて苦しむような二次加害につながらないかどうかにも気をつかいました」

──会社では正義を語る雨宮ですが、婚約者との間である問題が起こる。そこから「過去の加害」というテーマが浮かび上がってきます

「男性性の加害性を考えたときに、一番その影響を受けやすいのは、近くにいる配偶者ではないかと思ったんです。無自覚の加害が起きやすいのは家庭ではないか。そう考えたとき、加害と結婚という、一見遠く離れたテーマが結びつきました。過去の加害に向き合う際には、傷ついた人がいる以上、加害者が過ちを認めても救われることはないし、加害の意識から逃れることも許されないだろうということを、登場人物にも自分自身にも課しました。ただし、過去の加害に気づくことで、未来の加害を減らすことができる。それがせめてもの希望と思えるように書きました」

〝生活〟を救いに

──追い詰められた土方に手を差し伸べるのが同僚の三条です。被害者にも加害者にも〝人〟が必要だと痛感させられます

「ピンチになった男性主人公のケア役を女性が担う物語が多いですが、そのパターンから脱却したくて、同僚の男性にしました。三条は土方に〝生活〟を教えます。土方の未来を創るのは地に足の着いた生活だということを示すためにも、土方が生まれて初めてエプロンをする場面を書こうと決めていました」

──非婚・未婚が増える時代に、結婚を描く意味をどう考えていますか

「僕自身は結婚していますが、肌感覚として、結婚しようと焦っている若い人は多いです。と同時に、同じくらい離婚したがっている人もいる。『なんなんだこれは!』という気持ちがずっとあって、この謎を解明したかった。結婚に多くの夢と義務を社会全体が乗せすぎた結果、いつのまにか、結婚がすごく重たいものになってしまったんだと思います。結婚も離婚も、するもしないも、今は自分が幸せになるための選択肢でしかないはずです。そのメッセージを少しは小説に込めることができたかなと思っています」

(取材・砂田明子 撮影・酒巻俊介)

『ブルーマリッジ』 1760円(税込み)・新潮社

行きつけのスペインバルで年上の恋人にプロポーズし、会社ではハラスメント対策に乗り出した20代の雨宮守。順調に堅実に進んでいるはずの人生に、思わぬ落とし穴が待っている。デキる営業マンとして生きてきたはずの50代の土方剛は、妻から離婚を切り出され、部下にハラスメントを告発される。人生の岐路に立たされた二人の男性。彼らはどのように自らの男性性と加害性に向き合い、家族や大切な人と関係を結びなおし、過去と未来を生き得るのか。価値観が大きく変化する時代に錨(いかり)を下ろす、傑作長編。

■カツセマサヒコ 1986年東京都生まれ。37歳。大学卒業後、一般企業に就職。趣味で書いたブログをきっかけに編集プロダクションに転職後、独立。Webライターとして活動しながら2020年『明け方の若者たち』で小説家デビュー。同作はベストセラーとなり映画化された。2021年、川谷絵音率いるバンド「indigo la End」の楽曲を元にした小説『夜行秘密』を書き下ろし。『ブルーマリッジ』が3作目の長編小説。

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