この原稿が紙面になる日は、米国の大統領選の開票から1週間近くがたっている。トランプ氏とハリス氏は接戦だと伝えられていたこともあり、決着は長引くかと思われたが、すんなりとトランプ氏の勝利が決まった。
もしかすると、現在公開中の映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」のように、内戦地獄と化しているかもしれないとすら思っていただけに意外だった。
この映画は最近見たベストワンだ。すごかったところは、荒唐無稽な近未来モノと思わせて、お客を呼び集めておきながら、観終わる頃には、いやいやこれは今を描いていると青ざめさせるところだ。
日本のように脚本を作る段階で、なにそれは激し過ぎるだの、政治的な許可が必要だの、人種や宗教問題は避けるべきだのと、作家が書き出す前に手足を縛るような作り方では決して到達できないリアリティーのすごみがある。
物語を作るのは、いわば表現戦争だ。誰かに気を使った瞬間に、敗戦は決定する。
今回の米大統領選の結果から生まれる、この先の展開はまだ誰にも分からない。だが今回の大統領選は、その複雑な乱戦ぶりを、意外なほどに各大手メディアがバイアスをかけずに報じていた。
とくにBSチャンネルの報道番組などは、ジャーナリストにアメリカを陸路で横断させながら庶民の声を拾うなど、かなり丁寧な取材をしているものもあった。
またリベラル寄りと思われるメディアでさえも、中立的に現地の様相を報じていて好感が持てた。ひねくれた私見ではあるが、大手メディアも一昔のように身勝手なバイアスをかけると、ネットなどで数値的に「めくられて」大炎上するので、心を入れ替えたのかもしれない。
今回の大統領選に関しては、大手メディアから個人ジャーナリストのユーチューブまで、かなりの情報を食べあさった。
一番印象的だったのは、アメリカの保守系ローカルラジオを同時通訳したものだった。日本メディアがありがたく扱う、ワシントン・ポストなどとは違う生々しさがあった。
選挙の結果とは関わらず、どれだけ多くの情報を食べても、日本人と自民党の関係のような分かりやすいものではなかった。
西海岸で日本居酒屋を営んでいる知人に、夕刊フジで書くから現地感覚を教えてくれとメールしても、その空気感を一言では説明できないと返ってきた。
彼自身も宗教的影響が強い州の市民感覚は、西海岸の都市部に住んでいると分かり難いらしい。ハリスvsトランプと容易に分断を表現するが、実際はそんな簡単なものではないのだろう。
親方日の丸とはよく言うが、いや応なしに、その先にはラスボスのアメリカさんがそびえている。
時代の変化もあり、今回の結果は今までに増して急速に私たちの生活にも関わってくるのは避けられない。とくに「有事系」の風向きはダイレクトに変化するはずだ。
ラスボスの構造や原動力の本質やその先を、当のアメリカ市民でさえも良く分かっていないと知ると、私たちがその息吹を知るすべはない。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画「首都高速トライアル」で俳優デビュー。90年には「スプラッシュ」で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。NHK・Eテレ「ワルイコあつまれ」セミレギュラー。
11月22~24日に東京・銀座の博品館劇場で上映される「新版・天守物語」に出演する。