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椎名誠の街談巷語 〝シーナ説〟披露!? 髭を剃るのをやめて髭の役割を考える 寒い土地での変化と進化

zakzak by夕刊フジ 2024年8月30日 11時0分

最近、ヒゲを剃るのをやめてしまった。その頃、理由もなく体調が悪くなり、四、五日家でゴロゴロしていて、そのあいだ剃るのをやめてしまったのが発端だった。

体調は復活したのだが、町はまだコロナの残滓が濃厚で、マスクをしている人が多かったから、もうしばらくこのままでいいや、とほうっておいたら剃るのがまったく面倒になってしまったのだった。

そうなると行動がシンプルになる、ということがわかったのも大きい。

まずトイレ以外の用で洗面所に立つことが俄然減った。

よく考えると髭剃りにはいろんな手続きが必要である。剃るためにまずおのれの顔を鏡で見るのだが、くたびれた老人を確認するだけである。ああ、こいつまだ生きているのかとわかってうんざりする。毎日無残に酒をくらって息吸って息吐いて、よくもおめおめと生きてきたなあ。そういうコトを確認するだけなのである。

そういう用がなくなると精神的に余裕ができていい効果が生まれるようだ。少しだけ元気になれるような気がする。

そもそも髭の役割はどういうものなのだろうか。動物行動学の本では、動物が住処の穴のなかとか、餌とりにどこかに侵入しようとするとき、自分の体がそこを通り抜けられるかどうかを、髭をつかって穴の大きさを調べているという。

でも、その説はどのくらいの大きさの生物まで通用するのだろうか。

猫や犬などの髭にはたしかにそんな役割がありそうに思うが、人間にまで当てはめようとすると髭ではとても役にたたないように思える。人間が小さな穴に住んでいてそこに満足していたとしたらそういうことになったかもしれないが、それではあまりにもなさけない。

「だから人間は手が発達したのである」と言う意見はもっともらしいが、これはシーナというバカ作家がそう言っているだけである。

手足のない蛇はどうなんだ? とそのあとさらに考えた。そんな役割を考えたら顔の周囲にリングを描くように髭を生やす必要があり、そうなるとイメージもかなり変わる筈だ。場合によってはそれによって「可愛らしい」などという評価が生まれるかもしれない。

ジェンダーフリーがいろいろ言われている今、こういう話題には気をつかうが、むかしなにかの本で「男とは何か…」という問いかけがあり、そのひとつの返答は「髭を剃る生き物である」というものだった。

いろんな国を旅していた頃、極寒の国に行くと生物のわかりやすい進化、というケースに出会うことを知った。

冬のロシアを旅したとき、飛行機のなかでそれに気がついた。

髭の剃り跡がゾリゾリはっきりしている女性がけっこうたくさんいるのだ。剃る派と剃らない派がいる、ということはロシア人から聞いたが、寒い土地での変化と進化、ということが関係しているらしかった。

■椎名誠(しいな・まこと) 1944年東京都生まれ。作家。著書多数。最新刊は、『続 失踪願望。 さらば友よ編』(集英社)、『サヨナラどーだ!の雑魚釣り隊』(小学館)、『机の上の動物園』(産業編集センター)、『おなかがすいたハラペコだ。④月夜にはねるフライパン』(新日本出版社)。公式インターネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」はhttps://www.shiina-tabi-bungakukan.com

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