ドナルド・トランプ次期米大統領が20日の就任直後に「関税砲」をぶっ放そうとしている。中国など敵対国だけでなく同盟国からの輸入品にも一律関税をかけるために「緊急事態」を宣言する可能性がある。日本は2023年時点で対米貿易黒字が624億ドル(約9兆8700億円)にのぼるが、トランプ関税によって対米輸出額が大きい自動車産業への深刻な打撃が懸念される。各国は対米報復関税で対抗するとみられ、輸入品を中心に物価高に拍車がかかる恐れもある。日本にとっても緊急事態のはずだが、石破茂首相はいまだトランプ氏と対面で会談できていないどころか、「中国寄り」の姿勢すら見せている。「外交無策」が日本経済に実害を与えかねない。
同盟国にも一律「緊急事態宣言」検討
米CNNは8日、トランプ氏が広範囲にわたる一律関税を法的に正当化するため、「国家経済緊急事態宣言」の発令を検討していると報じた。4人の情報筋の話として伝えたもので、最終決定は下されていないという。
「タリフマン(関税男)」を自称するトランプ氏は、大統領選の公約で、全ての中国製品に60%の関税をかけると訴えてきた。
敵対国だけでなく、友好国にも分け隔てなく全ての米国への輸入品に10~20%の関税を課すとも主張してきた。すでにメキシコや、カナダには社会問題化する麻薬流入などを理由に高関税を課す方針を表明している。
自動車工場を米国に建設しなければ、「100~200%の関税をかける」、中国が台湾に侵攻すれば「150~200%の関税を課す」といった発言を繰り返している。
関税を「武器」として使うトランプ氏だが、米国では関税措置の一部は大統領に権限委譲されており、法的根拠も複数ある。
今回、適用が検討されているのは「国際緊急経済権限法(IEEPA)」だ。米国経済に「異例かつ重大な脅威」がある場合には、大統領が緊急事態を宣言し、外国為替取引や輸出入に規制をかけることができると規定しており、厳格な要件を必要とせずに関税を発動できる仕組みだ。
第1次トランプ政権では通商法に基づく関税が多用された。IEEPAは、通商法が求める産業界への意見聴取などの手続きも不要となる。
一律関税が実現されれば、世界経済にも「ショック」は必至だが、日本も無視できない状況になっている。日本の国・地域別輸出額(2023年)は、米国が全体の2割を占めトップだ。なかでも自動車は149万台を輸出した最大品目で、関税強化は自動車メーカーだけでなく、鋼板や部品など幅広い業種に逆風となる可能性も予想される。
米調査会社ユーラシア・グループは「今年の世界10大リスク」のなかで、日本に与える影響が大きいのは「トランプノミクス(トランプ経済)」だと指摘した。トランプ氏を動かすものとして、《関税への愛と、貿易赤字への憎悪だ。米国の対日貿易赤字は長年にわたり、年700億ドル前後で推移し、赤字のほとんどは日本からの自動車輸入が原因だ》としている。
第一生命経済研究所の永濱利廣首席エコノミストは「より強力な追加関税が実施されれば世界経済は大きな影響を受ける。米国は輸入インフレで物価高になることで為替が円安ドル高になるとする向きもあるが、米国の景気が悪化すれば逆に円高ドル安になる可能性もある。〝米国がくしゃみをすれば日本も風邪をひく〟といわれ、影響を受ける業種は自動車業界にとどまらないだろう。前回は米中関税政争のあおりで日本が景気後退局面に入った。そうなると日銀の金融政策も利下げを余儀なくされる可能性もあり、石破政権も政策転換を強いられるのではないか」と指摘する。
産経新聞社が昨年11月中旬~12月上旬に実施し、111社が回答したアンケートでは、トランプ氏の関税政策が自社の業績にどのような影響を与えるかについては、「マイナスに働く」が12・6%、「ややマイナスに働く」が29・7%で、4割以上がマイナスの影響があるとしている。
平井宏治氏「石破首相、関税対処を最優先に東南アジア歴訪している場合か」
一方、政治の動きは頼りない。石破茂首相は大統領就任を間近に控えるトランプ氏との面会もめどがついていない。日本製鉄の米鉄鋼大手USスチールの買収をめぐってもトランプ氏はいち早く反対の意思を示してきた。今年に入り、ジョー・バイデン政権が買収を禁止する命令を出したことで、日米間の新たな懸案事項として浮上した。
経済安全保障アナリストの平井宏治氏はトランプ関税に備えて日本がとるべき手法についてこう指摘した。
「本来なら石破首相や岩屋毅外相、武藤容治経産相が渡米し、『同盟国を含む一律関税は経済安全保障の観点からも問題だ』と訴え、中国を念頭に対象国や品目を絞るなど戦略的に連携すべき点や、関税政策などを話し合うべきだ。日本の稼ぎ頭である自動車産業などを守るなどの交渉もする必要がある。しかし、米国は日中間でのビザ発給要件の緩和など『対中すり寄り』の姿勢を見ているだろう。現在の石破政権の姿勢では、米国によって国内産業をガタガタにされかねない。首相は東南アジアを歴訪している場合ではなく、トランプ関税への対処を優先事項に据えるべきだ」