陸上自衛隊北部方面総監部(札幌市)の現職自衛官が今年7月、長年の射撃訓練で難聴を発症したのは、国が適切な予防措置や指導を行わなかったためだとして、国に損害賠償を求める訴訟を札幌地裁に起こした。
この報道に対し、ネット上では「それは補償してあげなきゃ」という同情的なコメントが見られた。一方、自衛官やOBからは「指導通りに耳栓をしなかったのでは」などと厳しい反応が多かった。
この差はどこにあるのだろうか。
自衛隊でも陸海空いろいろな部署があり、ほとんど銃を触らない部署もある。逆に、陸上自衛隊でいえば、120ミリ迫撃砲を装備する重迫撃砲中隊などは頻繁に射撃訓練がある。自衛隊には、難聴になりやすい部署もそうでない部署もある。
重迫撃砲中隊は「射撃目標」を指示する命令をもとに角度調整をするときに、耳栓を外さなくてはならない。タイミングが遅れると、鼓膜に刺すような痛みが走る。聴覚をつかさどる内耳の有毛細胞は爆音でダメージを受ける。直後に治療すれば回復するが、有毛細胞は再生しないため、治療が遅れれば聴覚の回復は難しい。
自衛隊は徹底的に適切に耳栓をつける指導するため、難聴は隊員個人の責任だと認識されている。これが自衛隊と一般社会との認識のズレとなっている。
一般社会では、ヒューマンエラーは完全には消せないという認識がある。そこで、誤った操作をしても重大事故を招かない「フールプルーフ」の考え方を採用する。
例えば、電気ポットのコードはマグネット式だ。たとえコードを引っ掛けてもコードが外れ、ポットは倒れない。
自衛隊も、耳栓を外すというエラーが生じないように、ヘッドホン型の耳栓である「エレクトリック・イヤー・マフ」を採用すればいい。先進国では軍用犬まで最新式のイヤーマフを使っている。これは耳全体を覆って爆音を遮るが、声は聞こえるようになっている。
爆音環境での作業がある某メーカーでは、これを社員に配布している。それでも、万一、難聴になってしまった場合も、労災認定したうえで定年まで働いてもらう。社員を大切にするこの企業は、求人ランキングに掲載される人気企業の一つだ。
自衛隊も職場環境に留意して、補償の手厚い職場に生まれ変わることができないだろうか。爆音環境にある自衛隊員に高機能エレクトリック・イヤー・マフの配布をしたうえで、障害が発生すれば労災や手厚い補償を出す改善策をとれば、自衛官採用に良い影響をもたらすはずだ。ここを改善するための転機と捉えてほしい。
■小笠原理恵(おがさわら・りえ) 国防ジャーナリスト。1964年、香川県生まれ。関西外国語大学卒。広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動。自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」代表。現在、「月刊Hanadaプラス」で連載中。2022年、第15回「真の近現代史観」懸賞論文で、「ウクライナの先にあるもの~日本は『その時』に備えることができるのか~」で、最優秀藤誠志賞を受賞。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。