「金メダルに恋した14歳」という実況、モヤモヤしています。スケートボードで金メダルを獲得した吉沢恋選手の試合で、実況していたアナウンサーが口にしたフレーズですが、世論的にも賛否両論あるようですね。果たして「名実況」ってなんだろう、と考えてしまいました。
僕がモヤっとする理由は2つ。ひとつは「どうだうまいこと言っただろう!」という「ドヤ顔感」が漂っているのと、もうひとつはフレーズ自体がアスリートを子供扱いしている感じがするからなのです。
実はこの実況アナは東京五輪の時も、「13歳真夏の大冒険」という実況をしています。この時にも私はほぼ同じ理由でなんだかモヤモヤしていました。
でも、この時も「名実況だ」と絶賛する方もいるので、ひょっとすると自分の感じ方がおかしいのかと思い、今回はある知り合いのアナウンサーに意見を聞いてみました。
そのアナウンサーも「ウケようとして滑ったと思った。新しい競技だから、いろいろ苦労や試行錯誤もあるのだろうけど」ということで、あまり成功した実況だとは思わなかったようです。そのアナウンサーによると、スポーツ実況の前にアナウンサーは頭の中でたくさんの「いいフレーズ」を考えておくのだそう。きっと「金メダルに恋した」というフレーズも、吉沢選手の名前から事前に考えたフレーズのような気がしますよね。
で、いわゆる「名アナウンサー」といわれる人は、そうやって事前に考えていたフレーズを「あたかもその場で思いついたように」自然に口にできるそうなんです。例えば古舘伊知郎さんなんかはそうなのではないかと。
で、もうひとつ。名アナウンサーといわれる人は「考えたフレーズのほとんどを捨てて、実際には実況では使わない」そうなんです。「事前に考えたフレーズのほとんどは、実際にはなんだか少し違うな、と思うものが多いから」だそうです。
つまり、試合展開やその選手の状況にピッタリくるフレーズだけをジャストタイミングで自然に使うと、それが「名実況」になるのだ、ということでしょうか。
この話、テレビマン的にはとてもうなずけます。「いいディレクターはロケ前に用意した台本を捨てられる人」というのは、番組制作現場でよくいわれることですが、それに近いですよね。
「いつもテレビマンの想定より、現実に起きていることのほうがスゴい」ということではないでしょうか。
■鎮目博道(しずめ・ひろみち) テレビプロデューサー。1992年、テレビ朝日入社。「スーパーJチャンネル」「報道ステーション」などのプロデューサーを経て、ABEMAの立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」などを企画・プロデュース。2019年8月に独立。新著『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社)が発売中。