昨年末の日産とホンダの経営統合協議の報道には驚きました。国内シェア2位と3位の自動車メーカーが統合すると、世界第3位の巨大グループが誕生するとのことですが、高揚感はなく、「日本のメーカー、大丈夫?」としか思えなかったのは僕だけでしょうか。
この人なら、どんな感想を言ったでしょう。自動車メーカー・スズキのカリスマ経営者として名を馳せた鈴木修氏が、12月25日、浜松市内の病院で死去されました。享年94。死因は悪性リンパ腫との発表です。
悪性リンパ腫は、日本人において一番多い血液のがんです。白血球の一つである、リンパ球ががん化し増殖することで起こります。病型としては100種以上あり、進行が早いタイプからゆっくり進むものまでさまざまです。
初期症状としては、首や腋の下や足の付け根などにしこりや腫れが現れます。多くは痛みを伴いません。インフルエンザなどで免疫力が弱ったときも、リンパ節が一時的に腫れることがありますが、悪性リンパ腫の場合は、何日経ってもしこりは消えません。痛みがないから問題ないだろうで放っておくのは禁物。「B症状」と呼ばれる発熱、大量の寝汗、体重減少などの症状が出ることもあります。
悪性リンパ腫か否かは病理検査、血液検査などで判明します。原因はいまだ解明されていません。タイプによって治療法も異なりますが、化学療法(抗がん剤)、放射線療法、造血幹細胞移植を組み合わせて行うことがほとんどです。
年齢や状態によっては経過観察の場合もあります。鈴木さんの闘病の経過は明らかにされていませんが、年齢を鑑(かんが)みると積極的な治療はされず、穏やかに天寿を全うした可能性が高いでしょう。
今回原稿を書くにあたり、2009年に出版された鈴木氏のベストセラー『俺は、中小企業のおやじ』を再読しました。スズキ経営哲学は、今読んでもまったく色褪せていませんでした。1980年代、日本の自動車メーカーとして初めてインドに参入したときのエピソードも素晴らしい。
日本の大手企業の多くは、それまでインドという国を下に見ておりビジネスの相手として考えていなかったのです。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」というアメリカ人が考えた惹句(じゃっく)に躍らされ、傲慢になった結果、わが国の国力は衰退したように思います。鈴木さんの死は、先の経営統合協議の発表から2日後の出来事でした。
1983年にインドとの基本契約を締結した際、鈴木さんは、「ハート・ツー・ハート」という言葉を述べました。「人間は皆同じ。言語、風俗、習慣、環境が違っても、心と心が通い合うことが重要だ」。この言葉を噛みしめて新年を謙虚に生きていきたいと思います。
長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。公益財団法人日本尊厳死協会前副理事長。映画『痛くない死に方』『けったいな町医者』をはじめ、出版やインターネット配信などさまざまなメディアで長年の町医者経験を活かした医療情報を発信する傍ら、ときどき音楽ライブも行っている。