厚生労働省が、基礎年金の給付水準を底上げするために厚生年金保険料の一部を充てる方針だと報じられている。
今は厚生年金と国民年金(基礎年金)は別々に管理されている。年金制度は「2階建て」といわれ、全員加入している基礎年金(1階部分)と、正規雇用の民間企業従業員や公務員が加入している厚生年金(所得比例の2階部分)で構成されている。非正規雇用者、非公務員、自営業者は厚生年金はなく、基礎年金だけとなる。
厚生年金と国民年金が別々に管理されているというのに、厚生年金保険料の一部を、厚生年金保険料を払っていない国民年金加入者の給付に充てるというのは、保険としての信頼性を失わせることになる。厚生年金加入者から見れば納得できるはずはない。
こうした厚生年金による国民年金の救済策は、これまでも検討されてきた。例えば「厚生年金と国民年金の積立金を統合する」という案もあった。
その都度「おかしい」という世論が出て潰れてきたが、ここにきて復活している。政治基盤の弱い石破茂政権で、どさくさ紛れの官僚の悪巧みだ。
官僚の本音は次のようなものではないか。いずれ国民年金にしか加入していない人の給付が、賃金や物価が上昇した際、年金の給付水準の伸びを抑制する「マクロ経済スライド」により目減りし、低年金になる人やほぼ無年金の人が増え、生活保護や医療費が増える。生活保護や医療費の財源は税金なので、今のうちに厚生年金保険料で手当てし、税負担を減らそう―というわけだ。
これは官僚によくある間違いで、厚生年金が「保険」であることを理解せずに、「保険料」と「税金」、「給付」と「通常財政支出」を混同している。
税金であれば、一般財源の原則があり、どのような支出に充てるかは問題とならない。しかし保険料は違う。
また、マクロ経済スライドにより目減りするというのは、現役世代の人口が減るのに合わせて、年金の給付水準を減らすからだ。しかし、今や「脱デフレ」なので、保険料収入も増える。相変わらず官僚は自分たちにとって都合のいい話ばかりして、都合の悪い話はしない。
それでは、保険原理から出てくる対策は何か。まず保険料の徴収漏れをなくすことだ。そのために世界で行われているのは、税と社会保険料の徴収を一元化する「歳入庁」の設置だ。
保険料といっても、その法的性格は税と同じで強制徴収なのは世界共通である。このため、保険料とはいえ、世界では社会保険「税」として、税と同じ扱いだ。
しかし、日本は、世界常識になっている「歳入庁」がないという先進国で珍しい存在だ。海外では、米国、カナダ、アイルランド、英国、オランダ、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ハンガリー、アイスランド、ノルウェーが歳入庁で税と社会保険料の徴収の一元化を行っている。東欧の国々でも傾向は同じで、歳入庁による徴収一元化は世界の潮流と言ってよい。(元内閣参事官・嘉悦大教授)