寿町のとある韓国スナックで酒を飲んでいると、さっきまでビールやらチヂミやらを頼んでいたおじさんが、「ごちそうさま」と言葉を残し、お代も払わず店を出ていった。寿町で飲んでいると、こんな光景をよく目にする。一体、どういうことなんだろうか。
後に分かったことだが、彼らはツケ払いをしているわけではなかった。寿町で福祉関係の仕事をする男性が教えてくれた。
「寿町には〝担当〟というシステムがあって、一部の住人は行きつけの店のママに銀行の通帳を預けているんですよ。客が飲み食いした金額だけ、後でママが口座から引き落とすんです」
店内を見ていると、飲食はせずにママからお金だけもらいに来る客もいる。直近で使う分の生活費を受け取りに来ているのだ。
「そんなの金の盗み放題じゃないか」と思うかもしれないが、これはママたちの善意によるものである。寿町の住人のほとんどは生活保護を受けながら暮らしている。この街に住んでいるとよく分かるのだが、計画的にお金を使うことができずに支給日を待たずして一文無しになってしまう人がとても多い。
そういった事態に陥らないように、一部のママたちがボランティアで客たちのお金を管理しているのだ。ただ、そんな客もたまには違う店にも行ってみたい。
「お金の管理をしてもらっている客がほかの店に行くことを〝浮気〟と言うんです。でも、ママに言っておけば大丈夫です。担当のママがお金を引き落として浮気先のママに払っておいてくれるんですよ」(前出の男性)
寿町の住人の中には当然、担当のママを持たずに自分でお金を管理している人も多い。そうなると、やはりお金の貸し借りによるトラブルは絶えない。
生活保護の支給日は月の初めにやってくる。その日は明らかに街がにぎやかになるのだが、月の半ばあたりになると金の貸し借りが始まる。街には闇金の手下が常駐している居酒屋も存在するくらいだ。月の終わりになると取り立てが始まる。そして月の初めになると支給日が来てリセットされる。寿町では1カ月おきにこのサイクルが延々と繰り返されている。
年末は特にもめ事が多い。なぜなら、1月分の生活保護費は年末年始を避けて12月の半ばに振り込まれるからだ。すると、支給額が増えたわけでもないのに12月中にすべて使い切ってしまう人が出てくる。
「2月の支給日まであと40日もあるのにもう1円もないので金を貸してほしい」
私のもとにもそういった相談が数件あった。貸しても返ってこないことは分かっているので、そのついでにインタビューをさせてもらうことにした。年末、寿町の取材は捗(はかど)りはする。
■國友公司(くにとも・こうじ) ルポライター。1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術学群在学中からライターとして活動開始。近著「ルポ 歌舞伎町」(彩図社)がスマッシュヒット。