天童よしみの「道頓堀(とんぼり)人情」(1985年)は大阪から火がつき、翌々年には80万枚のヒットに。大ホールでコンサートを開けるまでになる。「負けたらあかんで東京に…」と歌うと、客席の中年女性たちが「そやっ!」と叫んでペンライトを突き上げる姿は、まるで娘を応援するパワフルな母軍団のようだった。
毎年新曲もリリース。93年には「酒きずな」がヒットし、念願のNHK紅白歌合戦に初出場した。
「ところがその後は落選続き。父が残念がって『1回きりか…』とこぼす。『1回でも出たやん』と私。そんな96年にリリースしたのが『珍島(ちんど)物語』でした」
韓国南端の珍島郡では、潮の干満差で大小の島を結ぶ約2・8キロの「海の道」ができる。「韓国版モーゼの奇跡」と呼ばれ、観光名所になっている。この海割れのおかげで人食いトラから逃げることができた老女の故事を基に、中山大三郎が作詞作曲した。家族愛がテーマの壮大な作品だ。
「コブシを回す歌ではないし、私のよさを出せるかなと最初少し迷いました。でも中山先生が、引き裂かれた家族の思いがつながるように、海割れで島と島がつながる現象に置き換えて表現したことなど、いろいろ話してくださったんです」
この曲で日本レコード大賞最優秀歌唱賞をはじめ多数の賞を獲得。97年には珍島のフェスでも歌い、年末は紅白に復帰した。曲はロングランヒットとなり、ミリオンセラーに。
「振り返ると、人生の節目で助けてくれる人との出会いがありました。親も『あきらめたら、あかん。どんなときもコンスタントに歌うように』と支えてくれた。だから私は歌ってこられたんでしょうね」
芸能界にも心強い味方がいた。例えば、やしきたかじん。デビュー当時から才能を高く買い、自身の番組で「天童を紅白に!」とコーナーまで作って応援したほど。
「『俺の曲を紅白で歌ってくれや』とか『プロデュースしたいなあ、シャンソン絶対合うと思う、歌わせるで!』とか言って…」
2014年に亡くなったとき、「紅白で『やっぱ好きやねん』を心を込めて歌いました」
たかじんはきっとあの世で満足げに聴いたことだろう。 (原納暢子)
■天童よしみ(てんどう・よしみ) 歌手。和歌山生まれ。1972年、「風が吹く」でデビュー。「道頓堀人情」「珍島物語」などヒット曲多数。愛くるしく気さくなキャラでファン層は広い。NHK紅白歌合戦では紅組トリ3回、出場は今年で29回目。コンサートは12月10日=ロームシアター京都、11日=岐阜市民会館、2025年1月15日=八尾市文化会館、16日=野洲文化ホール、19日=岡山芸術創造劇場など。「ヴォイス・ストーリーズ」は12月8日=石川県立音楽堂、25年2月1日=札幌コンサートホールKitaraなど。