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山下裕貴 有事警戒・台湾訪問 中国軍元少佐の台湾侵入事件 有事に至る前「グレーゾーン事態」の対応に危機感 頼総統「侵略の口実をつくろうとしている」

zakzak by夕刊フジ 2024年8月1日 6時30分

台湾の頼清徳総統は30日、台北市で開催された民主主義国の議員で構成する「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の国際会議に出席し、中国の軍事的威嚇や偽情報拡散、国際法や歴史の恣意(しい)的解釈について、「地域の平和と安定を破壊している」「侵略の口実をつくろうとしている」「中国の脅威は世界の脅威だ」などと警戒感をあらわにした。中国は2027年までに「台湾侵攻」の準備を整えるとされ、有事に至る前の「グレーゾーン事態」への対応が懸念されている。台湾では6月、中国海軍の元少佐が小型船で台湾海峡を渡り、頼氏が執務する総統府などがある台北市中心部につながる河川に侵入する事件があった。元陸上自衛隊中部方面総監、山下裕貴氏が現地で調査・分析した。

私が台湾を訪問したとき、現地のマスコミでは6月9日に発生した小型船侵入事件が大きな扱いで取り上げられていた。

事件の概要は、台湾北部を流れる川(淡水河)の河口に、小型船が沖合から侵入して民間船舶と衝突した。通報を受けた海巡署(海上保安庁に相当)署員が小型船を操縦していた中国籍の男を入出国移民法違反などの容疑で逮捕したところ、60歳で中国海軍の元少佐であった。

調べに対し、男は「SNSで中国共産党を批判する内容を流したために出国禁止制限を受けていた。台湾に亡命する目的で、前日に福建省の港を出発した」と供述している。

男が侵入した淡水河は、首都・台北市の中心部を流れる川であり、近くには総統府や行政院(内閣と各省庁を併せたものに相当)などの重要施設がある。河口から台北市の官庁街までは約22キロと近い。

このためマスコミなどでは、中国が武力攻撃に至らない「グレーゾーン」のやり方で、台湾当局の対応能力を試した可能性があるとの見方も出ていた。過去1年間で、類似のケースが18件発生しているとの報道もあった。

筆者は6月14日、台北市の松山空港に到着した。その後、メディアのインタビューや、地元テレビの対談番組に出演したが、異口同音にこの事案について意見を求められた。

彼らが問題視したのは、海巡署のレーダーが陸から約20キロ以内の海域で不審船を発見した場合、警備船を派遣して確認することがマニュアル化されていたのに、手順通りに行われなかったことだった。台湾海峡側の厳重であるべき警戒網が、いとも簡単に突破されたわけである。

原因は、レーダー監視員が台湾の民間船舶だと誤認したことにあり、後日、関係者が処分された。テレビ番組で対談した台湾の識者は、当局の警備態勢が弛緩(しかん)しているのではないかと危惧していた。

次にメディアから「有事の際、台湾内部ではどんなことが起こると思うか。反政府勢力がテロや暴動を起こすと思うか」という質問があった。

記者とやり取りをして分かったことは、事態が切迫したときに、大陸支持者などが立ち上がるとの認識と、その対応(グレーゾーン対応)への危機感である。

それは中国人民解放軍の軍事力行使、いわゆる外部からのベクトルではなく、台湾内部からのベクトルによる混乱と統治システムの崩壊への恐怖であった。

今回発生した小型船侵入は小さな事件だが、グレーゾーン事態対処として見ると極めて大きな出来事であり、台湾社会に警鐘を鳴らす事件となった。

山下裕貴(やました・ひろたか) 1956年、宮崎県生まれ。79年、陸上自衛隊入隊。自衛隊沖縄地方協力本部長、東部方面総監部幕僚長、第三師団長、陸上幕僚副長、中部方面総監などの要職を歴任。特殊作戦群の創設にも関わる。2015年、陸将で退官。現在、千葉科学大学客員教授。新聞やテレビ、インターネット番組などで安全保障について解説している。著書に『完全シミュレーション 台湾侵攻戦争』(写真、講談社+α新書)、『オペレーション雷撃』(文藝春秋)。

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