東京メトロが10月23日に東証プライム市場に上場した。上場後についた初値は公開価格の1200円を36%上回る1630円だった。その後も継続的に買いが入り、終値では1739円まで上昇し、時価総額は1兆円を超え、今年最大のIPO(新規株式公開)となった。
筆者はここ数年、講演で日本各地を転々としているが、この1カ月は講演の前後で同社のIPOについて質問を受けることが非常に多かった。日常生活で東京メトロが運営する路線を利用する人は多く、企業の知名度は言うまでもなく、大企業で業績も安定していそうな印象があることから、個人投資家にとっては注目度が非常に高いIPO案件なのだ。
実際に競合の私鉄大手と業績を比較してみると同社の営業利益率は倍近く高い水準にある。事業規模を考えれば新興のIT企業と違って急成長は期待できないものの、公開価格から計算される配当利回りは3・3%あり、新NISA(少額投資非課税制度)の成長投資枠で同社の株式を長期保有しようと考える個人投資家が多い理由は分かる。
資産運用の観点から投資対象が1つ増えることはいいことなのだが、筆者は全く違う観点から今回のIPOについては懸念を抱いている。それは社会インフラを支える企業を民営化すること。さらにはその企業が株式市場に上場することだ。
ボランティアではなく営利企業である以上、企業は利益を追求することは当然なのだが、それを社会インフラを支える企業が行うことの問題は今一度考えた方がいい。たとえば鉄道会社が民営化されれば、真っ先に不採算路線は廃線に追い込まれる。利益を生まず、コスト部門でしかないのだから、企業経営の観点からすれば合理的な判断だろう。そのようにして利益を追い求めることで、不便な状況を余儀なくされる国民が生まれてしまう。
さらには上場企業となれば、株主から四半期ごとに好業績を求められるため、長期的な投資はしづらくなり、かつ利益の一部は配当に回すように圧力をかけられてしまう。現に財務省が発表している法人企業統計をみると、10億円以上の規模がある金融保険業を除いた企業は2000年度に対して23年度は配当を7倍以上に増やしている。この伸びは企業の利益や従業員への給料の伸びよりもはるかに大きい。
英国では水道や鉄道といったインフラを再び国営化する議論が持ち上がっているが、日本でも経済安全保障の観点から同様の議論がそのうち巻き起こるであろう。
森永康平(もりなが こうへい) 経済アナリスト。1985年生まれ、運用会社や証券会社で日本の中小型株のアナリストや新興国市場のストラテジストを担当。金融教育ベンチャーのマネネを創業し、CEOを務める。アマチュアで格闘技の試合にも出場している。著書に父、森永卓郎氏との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)など。