2016年3月25日、先生たちが寄付する「ペッコン郡高校奨学金」基金。
シャン州の最南端に位置するペッコン郡には、約10万人が暮らしている。小学校から高校まで174校あるが、そのうち10校の建設と地域開発にNGOセダナーが携わった。このペッコン郡で2014年から教職員有志とセダナーが取組んでいる奨学金事業について紹介したい。
ミャンマーでは2011年以降、小中学校の授業料・教科書代の無料化とPTA費の補助金増額により、小中学校に通う生徒数が増加している。各村落にも、準中学校もしくは中学校分校(写真:「ミャンマー教育制度」参照)が設置され、中学課程までの教育環境は整いつつある。しかしながら、高校は設置数も少なく、遠く離れた村からの通学の負担が大きい。さらに、家庭の事情により、高校には進学せずに働くという選択をする生徒も少なくない。
このような背景から、セダナーの呼びかけで、2014年8月、ペッコン郡にて高校生を対象とした奨学基金設立に関する有識者会議が開催された。ペッコン郡の教育事務所長、学校長ら47人が参加。生徒の生活費や補習授業料、教科書・参考書代等を補助することで、優秀な高校生の進級・進学を後押しする奨学金の仕組み作りについて話し合った。会議の最後には、「ペッコン郡高校奨学金」管理委員会が立ち上がり、2014年11月に第1回目の奨学金支給が決定した。
この奨学金事業を呼びかけたセダナーのエイ・エイ・タン地域事業統括部長は、シャン州の州都タウンジー出身。高校を卒業後、2年制のカレッジを経てヤンゴン大学を卒業。さらに教員養成大学で教員資格を取得し、11年間高校の英語教員を務めた経歴をもつ。2002年のセダナー設立当初からの職員であり、日本人職員と仕事をする中で、日本語も習得。教員歴と流暢な日本語から、セダナーや日本財団の職員には、親しみを込めて「エイ・エイ先生」と呼ばれている。
教員としてもNGO職員としても教育現場を知るエイ・エイ先生は、保護者の想いをよく理解している。「ミャンマーの保護者は、貧しくて充分な教育を受けられなかった自身の経験から、子どもにはできればより上級課程の教育を受けさせたい、と思っているのです」と語る。
「ペッコン郡高校奨学金」の奨学生には、1人当たり月額約2,000円が支給される。年間にすると、夏休みの2ヶ月間を除く10ヶ月分合計約2万円の奨学金だ。平均年収10万円程度の地域の家計にとっては大きな助けとなる。その分、選考基準はかなり厳しい。ペッコン郡の高校9校2学年で合計2,000人近くいる生徒から、選ばれるのは22人。各校各学年1人か2人という狭き門だ。校長と科目ごとの教員、PTAメンバーが選考委員となり、経済的な事情から高校教育の継続が困難な生徒の中で、10月の中間テストで全教科にわたり成績優秀かつ学校活動への参加が積極的な生徒が選ばれる。
この奨学金の特徴は、教職員有志と地元の任意団体の寄付で基金を積立てている点にある。2014年、2015年はセダナーが全額奨学金を支援しているが、2016年からは、段階的にセダナーの支援額を減らして、積立基金からの奨学金支給額を増やしていく。2018年には、完全に寄付だけで奨学基金を継続的に運営していく計画だ。2014年10月末より各自毎月約50円の寄付が始まり、現在は1,148人の教職員が寄付による奨学基金積立に参加。50円は、朝食でよく食べられる「モヒンガー」(なまず出汁の緬料理)一杯分の値段。平均月収約15,000円~19,000円の教員にとっては、毎月「朝ごはん1食分程度」の寄付となるため、無理なく継続できる仕組みだ。2016年3月までに、約106万円が積み立てられた。
2014年に10年生で「ペッコン郡高校奨学金」を受給したプイン・ピュー・カインさん(16歳)は、現在、タウンジー教員養成大学に通っている。両親は日雇い労働をしているため収入が安定せず、ずっと貧しい生活を送ってきた。大好きな勉強を続けることを諦めかけていた時、通っていた高校が「ペッコン郡高校奨学金」の対象校となり、奨学金第1期生となった。奨学生としての1年間は、それまで以上に勉強に明け暮れた。その結果、ミャンマーでは「人生が決まる」と言われる程重視されている高校卒業試験を優秀な成績で突破。希望していたタウンジー教員養成大学に入学できた。この教員養成大学は公立で、学費は無料、寮・食事つきで、さらに月約1,500円の生活費まで支給されているそうだ。
「早く教員として働き、両親を助けたい」と、プイン・ピュー・カインさん。そして、「私は、この奨学金によって人生を前向きに考えることができました。私と同じ境遇の子どもたちが、人生を変えるきっかけとなるのがこの奨学金制度です。教員になったら、この奨学基金に毎月寄付することを約束します」と強い決意を語ってくれた。
生徒の教育環境を少しでもよくしたいという想いをもった多くの教職員と優秀で志の高い奨学金卒業生が、ペッコン郡の教育レベル向上に貢献していくのだろう。
【執筆 : 日本財団 田中麻里】
シャン州の最南端に位置するペッコン郡には、約10万人が暮らしている。小学校から高校まで174校あるが、そのうち10校の建設と地域開発にNGOセダナーが携わった。このペッコン郡で2014年から教職員有志とセダナーが取組んでいる奨学金事業について紹介したい。
ミャンマーでは2011年以降、小中学校の授業料・教科書代の無料化とPTA費の補助金増額により、小中学校に通う生徒数が増加している。各村落にも、準中学校もしくは中学校分校(写真:「ミャンマー教育制度」参照)が設置され、中学課程までの教育環境は整いつつある。しかしながら、高校は設置数も少なく、遠く離れた村からの通学の負担が大きい。さらに、家庭の事情により、高校には進学せずに働くという選択をする生徒も少なくない。
このような背景から、セダナーの呼びかけで、2014年8月、ペッコン郡にて高校生を対象とした奨学基金設立に関する有識者会議が開催された。ペッコン郡の教育事務所長、学校長ら47人が参加。生徒の生活費や補習授業料、教科書・参考書代等を補助することで、優秀な高校生の進級・進学を後押しする奨学金の仕組み作りについて話し合った。会議の最後には、「ペッコン郡高校奨学金」管理委員会が立ち上がり、2014年11月に第1回目の奨学金支給が決定した。
この奨学金事業を呼びかけたセダナーのエイ・エイ・タン地域事業統括部長は、シャン州の州都タウンジー出身。高校を卒業後、2年制のカレッジを経てヤンゴン大学を卒業。さらに教員養成大学で教員資格を取得し、11年間高校の英語教員を務めた経歴をもつ。2002年のセダナー設立当初からの職員であり、日本人職員と仕事をする中で、日本語も習得。教員歴と流暢な日本語から、セダナーや日本財団の職員には、親しみを込めて「エイ・エイ先生」と呼ばれている。
教員としてもNGO職員としても教育現場を知るエイ・エイ先生は、保護者の想いをよく理解している。「ミャンマーの保護者は、貧しくて充分な教育を受けられなかった自身の経験から、子どもにはできればより上級課程の教育を受けさせたい、と思っているのです」と語る。
「ペッコン郡高校奨学金」の奨学生には、1人当たり月額約2,000円が支給される。年間にすると、夏休みの2ヶ月間を除く10ヶ月分合計約2万円の奨学金だ。平均年収10万円程度の地域の家計にとっては大きな助けとなる。その分、選考基準はかなり厳しい。ペッコン郡の高校9校2学年で合計2,000人近くいる生徒から、選ばれるのは22人。各校各学年1人か2人という狭き門だ。校長と科目ごとの教員、PTAメンバーが選考委員となり、経済的な事情から高校教育の継続が困難な生徒の中で、10月の中間テストで全教科にわたり成績優秀かつ学校活動への参加が積極的な生徒が選ばれる。
この奨学金の特徴は、教職員有志と地元の任意団体の寄付で基金を積立てている点にある。2014年、2015年はセダナーが全額奨学金を支援しているが、2016年からは、段階的にセダナーの支援額を減らして、積立基金からの奨学金支給額を増やしていく。2018年には、完全に寄付だけで奨学基金を継続的に運営していく計画だ。2014年10月末より各自毎月約50円の寄付が始まり、現在は1,148人の教職員が寄付による奨学基金積立に参加。50円は、朝食でよく食べられる「モヒンガー」(なまず出汁の緬料理)一杯分の値段。平均月収約15,000円~19,000円の教員にとっては、毎月「朝ごはん1食分程度」の寄付となるため、無理なく継続できる仕組みだ。2016年3月までに、約106万円が積み立てられた。
2014年に10年生で「ペッコン郡高校奨学金」を受給したプイン・ピュー・カインさん(16歳)は、現在、タウンジー教員養成大学に通っている。両親は日雇い労働をしているため収入が安定せず、ずっと貧しい生活を送ってきた。大好きな勉強を続けることを諦めかけていた時、通っていた高校が「ペッコン郡高校奨学金」の対象校となり、奨学金第1期生となった。奨学生としての1年間は、それまで以上に勉強に明け暮れた。その結果、ミャンマーでは「人生が決まる」と言われる程重視されている高校卒業試験を優秀な成績で突破。希望していたタウンジー教員養成大学に入学できた。この教員養成大学は公立で、学費は無料、寮・食事つきで、さらに月約1,500円の生活費まで支給されているそうだ。
「早く教員として働き、両親を助けたい」と、プイン・ピュー・カインさん。そして、「私は、この奨学金によって人生を前向きに考えることができました。私と同じ境遇の子どもたちが、人生を変えるきっかけとなるのがこの奨学金制度です。教員になったら、この奨学基金に毎月寄付することを約束します」と強い決意を語ってくれた。
生徒の教育環境を少しでもよくしたいという想いをもった多くの教職員と優秀で志の高い奨学金卒業生が、ペッコン郡の教育レベル向上に貢献していくのだろう。
【執筆 : 日本財団 田中麻里】