2016年4月8日、NGOセダナーの学校建設を通じた地域開発事業。
2016年4月4日、ヤンゴン国際空港から程近いマヤンゴン地区にある商業ビルの一室にNGOセダナーの職員16人が集結した。ミャンマー語で「思いやり」という意味の「セダナー」は、シャン州で学校建設を通じた地域開発事業を実施している。この日、年次総会が開催され、シャン州南部のタウンジー事務所から7人と北部のラショー事務所から5人、そしてヤンゴン事務所から4人が一堂に会した。
シャン州は、ミャンマー北東部に位置し、七地方域・七州で最も広い面積を持ち、シャン族をはじめ、ダヌー族、パオ族、インダー族などが居住するミャンマー随一の少数民族州だ。2002年、このシャン州で、日本財団の支援を受けセダナーの事業は始まった。
年次総会を取り仕切るスー・トゥエ・ミン総務部長は、セダナー立上げ時からの職員。在職14年目のベテランで、流暢な日本語を話す「スーさん」は、「前職はヤンゴンの旅行代理店で働いていたので、初めてシャン州の現場を訪問した時は、かなり戸惑ってしまいました」と、設立当時を振り返る。
それもそのはず、シャン州は経済の中心地から遠く離れ、少数民族武装組織の勢力下に長く置かれたエリアもあり、社会インフラや住民の生活基盤整備が都市部に比べ著しく遅れていた。中でも、教育現場では、校舎の老朽化、教員の不足、教材・備品の不足など、多くの問題が山積。授業料は無料でも、こうした学校運営まで政府の教育予算が行き届かず、校舎の修理、備品の購入、さらに補助教員の確保まで全て保護者が負担してなくていけないことも。これを賄いきれずに子どもに通学を断念させるケースが相次いでいた。セダナーのプロジェクトは、この悪循環を断ち切るために学校を中心とした地域開発の仕組みづくりを目指した。
年次総会で、若手職員の事業発表に熱心に聞き入るのは、ティン・レイ常務理事。環境保全林業省森林局の職員を30年勤め上げた後、「ミャンマーの礎となる教育に貢献したい」と、設立間もないセダナーに入った。今年80歳を迎えるが、精力的に学校建設地の村々を回っている。「新校舎を見た子どもたちや村の人たちの笑顔」が元気の源だそうだ。
セダナーの事業は、学校建設のニーズがある村に職員が何度も訪れ、「やる気」のある村の選定から始まる。建設地域の決定と同時に、村の世話役、校長や保護者、僧侶などからなる「学校建設委員会」を設置。建設前には、委員会メンバーと地元の大工が必ずセダナー事務所を訪問する決まりで、セダナー職員からミャンマー教育省の基準をもとに作成した模型を使った校舎建設基準の解説講座を受ける。
さらに、基礎工事に携わる村の住民への数回に渡る事前説明会も欠かせない。セダナー事業方針に賛同した住民が、基礎工事や校舎建設工事に参加する。建設中、何か問題が起こるたびに、現場を訪問し、住民の相談にのるのもセダナー職員の役目。タウンジー・ラショー事務所の職員は、週の半分以上を、建設現場の村で過ごしている。
ティン・レイ常務理事が、忘れられない出来事を教えてくれた。「ある学校の新校舎引渡式典で、村の人から「昨日は村の人たち全員が全く寝ていないのです」と言われました。新校舎が教育省に正式に引き渡される大事な日だったので、驚いて理由を尋ねたら、「新校舎が完成したのが嬉しくて、村のみんなで新校舎を一晩中眺めていたのです」と返ってきたのには、とても感動しました」。
この住民の建設への貢献は、労賃として換算される。例えば、2015年校舎完成のレー・ドゥー村の場合、約480万円の学校建設費用のうち、住民の貢献は、労働提供、資材購入、現金寄付を合計して約100万円に相当。126世帯756人・平均年収約15万円の村で、世帯当たり約5,000~10,000円分の貢献をしたことになる。式典では、労賃に換算された金額がセダナーから「地域開発委員会」に手渡され、この資金を元に、共同農園や精米場の運営、マイクロファイナンスなど村のニーズにあった地域開発事業が行われる。その収益が、校舎の補修、学校の電化、補充教員の雇用、備品の購入など、学校運営に充てられる。
そして、これまでに地域開発事業を実施した各村々を、定期的に訪問し、実施状況を確認していくのもセダナーの重要な仕事だ。2002年から2016年3月末現在でセダナーは、265校の校舎建設と地域開発事業を実施。全ての村で地域開発事業が滞りなく実施できているのも、セダナー職員が、建設終了後も住民の良き相談相手となっているからだろう。
ティン・レイ常務理事は、「今後、事業を実施している村が主体的に地域開発事業を継続すること、学校を持続的に運営していくことが何よりの願いです」とその想いを語ってくれた。2017年末までにシャン州でセダナーが建設を支援する学校は300校を越える見込みだ。
「子どもたちの未来のために」、住民が一丸となって取り組む学校建設を通じた地域開発事業。自分たちの足で何度も村を訪問し、信頼関係を築き上げたセダナーだからこそ、地域住民の校舎建設と学校運営に対するモチベーションを最大限に引き出せる。セダナー職員と地域住民、二人三脚の努力と情熱が、シャン州からミャンマーの教育を支えている。
*****
さて、昨年11月から隔週12回に渡ったこちらの連載も、今回を持ちまして一区切りとなります。ご愛読いただき、ありがとうございました。
【執筆 : 日本財団 田中麻里】
2016年4月4日、ヤンゴン国際空港から程近いマヤンゴン地区にある商業ビルの一室にNGOセダナーの職員16人が集結した。ミャンマー語で「思いやり」という意味の「セダナー」は、シャン州で学校建設を通じた地域開発事業を実施している。この日、年次総会が開催され、シャン州南部のタウンジー事務所から7人と北部のラショー事務所から5人、そしてヤンゴン事務所から4人が一堂に会した。
シャン州は、ミャンマー北東部に位置し、七地方域・七州で最も広い面積を持ち、シャン族をはじめ、ダヌー族、パオ族、インダー族などが居住するミャンマー随一の少数民族州だ。2002年、このシャン州で、日本財団の支援を受けセダナーの事業は始まった。
年次総会を取り仕切るスー・トゥエ・ミン総務部長は、セダナー立上げ時からの職員。在職14年目のベテランで、流暢な日本語を話す「スーさん」は、「前職はヤンゴンの旅行代理店で働いていたので、初めてシャン州の現場を訪問した時は、かなり戸惑ってしまいました」と、設立当時を振り返る。
それもそのはず、シャン州は経済の中心地から遠く離れ、少数民族武装組織の勢力下に長く置かれたエリアもあり、社会インフラや住民の生活基盤整備が都市部に比べ著しく遅れていた。中でも、教育現場では、校舎の老朽化、教員の不足、教材・備品の不足など、多くの問題が山積。授業料は無料でも、こうした学校運営まで政府の教育予算が行き届かず、校舎の修理、備品の購入、さらに補助教員の確保まで全て保護者が負担してなくていけないことも。これを賄いきれずに子どもに通学を断念させるケースが相次いでいた。セダナーのプロジェクトは、この悪循環を断ち切るために学校を中心とした地域開発の仕組みづくりを目指した。
年次総会で、若手職員の事業発表に熱心に聞き入るのは、ティン・レイ常務理事。環境保全林業省森林局の職員を30年勤め上げた後、「ミャンマーの礎となる教育に貢献したい」と、設立間もないセダナーに入った。今年80歳を迎えるが、精力的に学校建設地の村々を回っている。「新校舎を見た子どもたちや村の人たちの笑顔」が元気の源だそうだ。
セダナーの事業は、学校建設のニーズがある村に職員が何度も訪れ、「やる気」のある村の選定から始まる。建設地域の決定と同時に、村の世話役、校長や保護者、僧侶などからなる「学校建設委員会」を設置。建設前には、委員会メンバーと地元の大工が必ずセダナー事務所を訪問する決まりで、セダナー職員からミャンマー教育省の基準をもとに作成した模型を使った校舎建設基準の解説講座を受ける。
さらに、基礎工事に携わる村の住民への数回に渡る事前説明会も欠かせない。セダナー事業方針に賛同した住民が、基礎工事や校舎建設工事に参加する。建設中、何か問題が起こるたびに、現場を訪問し、住民の相談にのるのもセダナー職員の役目。タウンジー・ラショー事務所の職員は、週の半分以上を、建設現場の村で過ごしている。
ティン・レイ常務理事が、忘れられない出来事を教えてくれた。「ある学校の新校舎引渡式典で、村の人から「昨日は村の人たち全員が全く寝ていないのです」と言われました。新校舎が教育省に正式に引き渡される大事な日だったので、驚いて理由を尋ねたら、「新校舎が完成したのが嬉しくて、村のみんなで新校舎を一晩中眺めていたのです」と返ってきたのには、とても感動しました」。
この住民の建設への貢献は、労賃として換算される。例えば、2015年校舎完成のレー・ドゥー村の場合、約480万円の学校建設費用のうち、住民の貢献は、労働提供、資材購入、現金寄付を合計して約100万円に相当。126世帯756人・平均年収約15万円の村で、世帯当たり約5,000~10,000円分の貢献をしたことになる。式典では、労賃に換算された金額がセダナーから「地域開発委員会」に手渡され、この資金を元に、共同農園や精米場の運営、マイクロファイナンスなど村のニーズにあった地域開発事業が行われる。その収益が、校舎の補修、学校の電化、補充教員の雇用、備品の購入など、学校運営に充てられる。
そして、これまでに地域開発事業を実施した各村々を、定期的に訪問し、実施状況を確認していくのもセダナーの重要な仕事だ。2002年から2016年3月末現在でセダナーは、265校の校舎建設と地域開発事業を実施。全ての村で地域開発事業が滞りなく実施できているのも、セダナー職員が、建設終了後も住民の良き相談相手となっているからだろう。
ティン・レイ常務理事は、「今後、事業を実施している村が主体的に地域開発事業を継続すること、学校を持続的に運営していくことが何よりの願いです」とその想いを語ってくれた。2017年末までにシャン州でセダナーが建設を支援する学校は300校を越える見込みだ。
「子どもたちの未来のために」、住民が一丸となって取り組む学校建設を通じた地域開発事業。自分たちの足で何度も村を訪問し、信頼関係を築き上げたセダナーだからこそ、地域住民の校舎建設と学校運営に対するモチベーションを最大限に引き出せる。セダナー職員と地域住民、二人三脚の努力と情熱が、シャン州からミャンマーの教育を支えている。
*****
さて、昨年11月から隔週12回に渡ったこちらの連載も、今回を持ちまして一区切りとなります。ご愛読いただき、ありがとうございました。
【執筆 : 日本財団 田中麻里】