2022年5月10日、日本とフィリピンが合作して制作されている映画「サンパギータ」は、クラウドファンディングでその制作費を捻出中だが、監督と出演俳優たちのメッセージビデオが公開されている。その中で飯塚プロデューサーから語られたメッセージに共感するものがあったので、ぜひ今の日本の方々に伝わって欲しいと思い、今回記事にさせてもらった。
映画サンパギータは、主演でもあり脚本・監督も務めている小池樹里杏の体験を元にしたストーリーで構成されている。クラウドファンディングを開始するにあたって、「映画サンパギータ制作秘話(ノーカットVer.)」として公開されたビデオメッセージの中で、飯塚プロデューサー自身が国際結婚をされていて、家庭内が国際社会の縮図になっていると語ってる場面がある。その言葉には、多いに共感するものがあった。自分自身もタイ人女性と結婚し、タイと日本、二つの違う価値観と考え方が共存する生活を送っているからだ。
ただ、私の場合これまで二人がぶつかってしまった事はほとんどなかった。それは、わたし自身がタイに移り住む前に考え至った経緯によるところが大きい。それは、自分が今後住む国には良い面も悪い面もあるという、当たり前のことをまず受け入れようと努めることから始めた。
わたしが海外に目を向けたのは、日本が嫌いで、日本が生き辛いからという思いからではなかった。それよりも、日本じゃない方がチャンスがありそうだという直感だったと思う。タイを旅して、英語がなかなか通じないことが、タイ語を覚えるきっかけにもなった。それは旅費を抑えたいという現実的なことでもあったが、タイ語を発した時にタイ人たちが素直に喜んでくれた笑顔に魅せられたことの方が大きかった。
わたしが暮らしているタイには、日本と大変よく似ている面と理解に苦しむような面がある。仏教国であり、植民地にならなかったという歴史や、英語が苦手なこと、そして日本のことを尊敬してくれている世界でも有数の親日国であること。それでも、時間にルーズなことや、小さなことでも責任を避けようとすること、自分のミスを認めないこと、決して謝ろうとしないことなどなど、具体的に上げていけばキリがない。
しかし、これらの違いは国や民族としての成り立ちや歴史が大きく関わっていることもである。さらに気候も大きく関係している。つまり大雑把に言えば、日本は冬を過ごすために一年中をその備えを前提として生計を立てなければ生きてこられなかった。しかし、タイは熱帯気候ゆえに、働かなくても食べ物に困ることがなかった。だからと言ってタイ人が何も考えず無為に過ごしてきたというわけではない。それは、植民地にならなかったという外交手腕にも見られるし、かつてビルマからの侵攻を押し返し、その前にはアンコール王朝を滅亡へと至らしめた歴史や、アユタヤ時代に山田長政を将軍に取り立てた柔軟性からも証明されている。
そんな土台となっている事柄の違いを忘れないようにしているうちに、何か相違にぶつかった時は、それを面白がれるようになっている自分がいた。そして、最初の直感通りにタイでは、日本にいては得られなかったであろうチャンスにも恵まれた。それが今こうして記事を書くような立場になっていることであるのだが、もちろん人それぞれに違った捉え方にもなることは理解もできる。それでも、相手との違いをお互いにわかりあう努力さえ怠らなければ、極論を言えば、戦争だって起きないのかも知れない。これは何も外国人と日本人だからという問題ではなく、日本人同士にもそのまま当てはまることだろう。違う家庭で、違う場所で生まれ育っただけでも、そこには同じものはあり得ない。この違いをわかりあい、許容しあう努力。これが今の日本だけではなく、世界に必要なことではないだろうか。
わたしたち一人一人が、その姿勢を当たり前なこととできるようになったら、その時にはこの世界も変わっているのかも知れない。そんなことを映画サンパギータのビデオメッセージから思い至り、こんな偉そうなに長々と書かせてもらったのだが、どう受け取るのかはあなた次第。ということで、少しでも多くの方にぜひ映画サンパギータを応援していただけることを願って止まないのである。
【執筆 : そむちゃい吉田】
映画サンパギータは、主演でもあり脚本・監督も務めている小池樹里杏の体験を元にしたストーリーで構成されている。クラウドファンディングを開始するにあたって、「映画サンパギータ制作秘話(ノーカットVer.)」として公開されたビデオメッセージの中で、飯塚プロデューサー自身が国際結婚をされていて、家庭内が国際社会の縮図になっていると語ってる場面がある。その言葉には、多いに共感するものがあった。自分自身もタイ人女性と結婚し、タイと日本、二つの違う価値観と考え方が共存する生活を送っているからだ。
ただ、私の場合これまで二人がぶつかってしまった事はほとんどなかった。それは、わたし自身がタイに移り住む前に考え至った経緯によるところが大きい。それは、自分が今後住む国には良い面も悪い面もあるという、当たり前のことをまず受け入れようと努めることから始めた。
わたしが海外に目を向けたのは、日本が嫌いで、日本が生き辛いからという思いからではなかった。それよりも、日本じゃない方がチャンスがありそうだという直感だったと思う。タイを旅して、英語がなかなか通じないことが、タイ語を覚えるきっかけにもなった。それは旅費を抑えたいという現実的なことでもあったが、タイ語を発した時にタイ人たちが素直に喜んでくれた笑顔に魅せられたことの方が大きかった。
わたしが暮らしているタイには、日本と大変よく似ている面と理解に苦しむような面がある。仏教国であり、植民地にならなかったという歴史や、英語が苦手なこと、そして日本のことを尊敬してくれている世界でも有数の親日国であること。それでも、時間にルーズなことや、小さなことでも責任を避けようとすること、自分のミスを認めないこと、決して謝ろうとしないことなどなど、具体的に上げていけばキリがない。
しかし、これらの違いは国や民族としての成り立ちや歴史が大きく関わっていることもである。さらに気候も大きく関係している。つまり大雑把に言えば、日本は冬を過ごすために一年中をその備えを前提として生計を立てなければ生きてこられなかった。しかし、タイは熱帯気候ゆえに、働かなくても食べ物に困ることがなかった。だからと言ってタイ人が何も考えず無為に過ごしてきたというわけではない。それは、植民地にならなかったという外交手腕にも見られるし、かつてビルマからの侵攻を押し返し、その前にはアンコール王朝を滅亡へと至らしめた歴史や、アユタヤ時代に山田長政を将軍に取り立てた柔軟性からも証明されている。
そんな土台となっている事柄の違いを忘れないようにしているうちに、何か相違にぶつかった時は、それを面白がれるようになっている自分がいた。そして、最初の直感通りにタイでは、日本にいては得られなかったであろうチャンスにも恵まれた。それが今こうして記事を書くような立場になっていることであるのだが、もちろん人それぞれに違った捉え方にもなることは理解もできる。それでも、相手との違いをお互いにわかりあう努力さえ怠らなければ、極論を言えば、戦争だって起きないのかも知れない。これは何も外国人と日本人だからという問題ではなく、日本人同士にもそのまま当てはまることだろう。違う家庭で、違う場所で生まれ育っただけでも、そこには同じものはあり得ない。この違いをわかりあい、許容しあう努力。これが今の日本だけではなく、世界に必要なことではないだろうか。
わたしたち一人一人が、その姿勢を当たり前なこととできるようになったら、その時にはこの世界も変わっているのかも知れない。そんなことを映画サンパギータのビデオメッセージから思い至り、こんな偉そうなに長々と書かせてもらったのだが、どう受け取るのかはあなた次第。ということで、少しでも多くの方にぜひ映画サンパギータを応援していただけることを願って止まないのである。
【執筆 : そむちゃい吉田】