国が違えば、お墓参りの作法も違う。どちらが正しいか正しくないかはわからない。国は違えど、韓国の作法で参っている地方もなくはないだろうし、祖父母という教える人との交流がなく急に墓持ちになった現代人では、作法として「ダメ」な意味が分からないというか、話が通じない場合もある。
祖父が亡くなったのは6歳の時、当然1周忌は7歳。お小遣いを貯めて、祖父のふかしていたタバコと大好きな日本酒(ワンカップ)をお参りに持って行った。お墓にあげた途端、祖母が大魔神のように、タバコとワンカップを空き地に放り投げた。「お墓に、酒とタバコをあげると、キチ〇イがでるとしている」…何日分のお小遣いだったと思う? 。そこからが、私が日本式の仏事を学ぶきっかけ。墓で言うと、食べ物を持って行くが、「あげた人が食べられないものをあげるものではない」という教えのもと、全部食べてくる。今となっては、カラスの被害に遭ったり、墓石を痛めない方法であるとわかる。仏様にあげて、いただくことで、食べるものがあるというのが貴重なことだとわかる。花は、どんな天候であっても、生花。造花はあげるものではないとしていた。
同じ市内だが、車で30分くらい走った地域は、春彼岸の生花を買う店もないし寒くて育たないから、木を削って「削り花」を作ってあげるが、現代は作り手がいない。
造花は、プラスティック製で土には還らない。別説として、戦時中は、花畑も食料用の畑になり、生花がなかったから、紙花を作った(専門店もあった)。紙花が売れると言うことは、それだけ戦死者が出ていると言うことで縁起が悪いので、紙花=造花としたともとれる。
故に、自宅の仏壇に飾るものは、生花で、さらに、男と女がいるように、対でなければならない(宗派によって違う)。それが廻す(還元する)ということ。
墓石に、故人が好きだったからと言って、酒やジュースなどをかけてはいけない。かけてしまった後に、花用の水で流せばいいが現代的考え。しかし、かけた酒やジュースの成分が石を痛めるので、墓参り前の水ぶきではなく、かけた後の洗浄とからぶきなどで、極力素の墓石の状態に戻さなければならない。
墓に水分を上げる時は、陶器の器。ガラスは高価なものだったので、さらに割れたら危険なのであげない(今年30歳になった若和尚が、仏の道にはガラスのバケツはないと言った)。
我が家の習慣はここまで。韓国の墓参りの話をしよう。
韓国ではもともと、墓は石仏じゃなく、土饅頭系だった。もっと言えば、古代の朝鮮の偉い人は、山1つが墓だったらしい(しかし、古墳になっていない矛盾)。国土が狭いので、山1つの代わりに、土饅頭をコンパクトになったらしい。しかし、韓国は、洪水が起こりやすい土地柄なので、その土饅頭も、近代までは、流れたら終了。儒教の教えとして、形としての土饅頭が大切であり、骨自体は、遺骨という意識は少なかった。
近代では、土饅頭というわけではなく、そこは葬祭産業の発達で、もっともっとコンパクトな墓苑が作られるようになった。あげる花は、墓苑の前にある造花屋の造花<造花はダメという、教え(1)>。近代になっても、造花というフェイクの花であり、地球環境に対して優しくないもの<輪廻はしない、教え(2)>。
墓掃除が終わったら、レジャーシート(むしろ)などを敷きます。石仏には、故人の好物、果物、干物やスルメ。果物はその場で切ってあげます<刃物の持ち込みは禁止、教え(3)>。また、マッコリなどの酒やたばこもあげます(お線香をあげる習慣はない模様、教え(4)…酒とタバコを忌むとしない>。
それから、日本の土下座に似ている拝み方をします~立った状態で両手を額の前で水平に合わせ、そのまま腰を曲げて地面に跪き、手と額を地につけるを2回~生きている目上の人に会った時も1回する。
それから、マッコリを、石の下部にかける。故人に遠慮なく飲んでもらうようにの意味とのこと。そして、自分も飲む。…ちょっとした宴会。故人と楽しい時間を過ごそうということらしい。
おそらく、大正生まれの祖母の育ったところにも、かなりの田舎だが、クレージーな朝鮮人が存在していて、独自の墓参りの姿を見せた。故に、酒タバコ禁止という、今や差別用語だが「キチ〇イが生まれるとしている」になったのではと推測される。
お国柄という安易な言葉があるが、今の日本の墓参りも、ちょっと朝鮮風に「故人が好きだったんだからいいじゃん」になっている。ダメなものはダメというのが、宗教の連綿と続いている風習だ。
27年前に亡くなった祖母に聞く方法はない。
【編集 : fa】
祖父が亡くなったのは6歳の時、当然1周忌は7歳。お小遣いを貯めて、祖父のふかしていたタバコと大好きな日本酒(ワンカップ)をお参りに持って行った。お墓にあげた途端、祖母が大魔神のように、タバコとワンカップを空き地に放り投げた。「お墓に、酒とタバコをあげると、キチ〇イがでるとしている」…何日分のお小遣いだったと思う? 。そこからが、私が日本式の仏事を学ぶきっかけ。墓で言うと、食べ物を持って行くが、「あげた人が食べられないものをあげるものではない」という教えのもと、全部食べてくる。今となっては、カラスの被害に遭ったり、墓石を痛めない方法であるとわかる。仏様にあげて、いただくことで、食べるものがあるというのが貴重なことだとわかる。花は、どんな天候であっても、生花。造花はあげるものではないとしていた。
同じ市内だが、車で30分くらい走った地域は、春彼岸の生花を買う店もないし寒くて育たないから、木を削って「削り花」を作ってあげるが、現代は作り手がいない。
造花は、プラスティック製で土には還らない。別説として、戦時中は、花畑も食料用の畑になり、生花がなかったから、紙花を作った(専門店もあった)。紙花が売れると言うことは、それだけ戦死者が出ていると言うことで縁起が悪いので、紙花=造花としたともとれる。
故に、自宅の仏壇に飾るものは、生花で、さらに、男と女がいるように、対でなければならない(宗派によって違う)。それが廻す(還元する)ということ。
墓石に、故人が好きだったからと言って、酒やジュースなどをかけてはいけない。かけてしまった後に、花用の水で流せばいいが現代的考え。しかし、かけた酒やジュースの成分が石を痛めるので、墓参り前の水ぶきではなく、かけた後の洗浄とからぶきなどで、極力素の墓石の状態に戻さなければならない。
墓に水分を上げる時は、陶器の器。ガラスは高価なものだったので、さらに割れたら危険なのであげない(今年30歳になった若和尚が、仏の道にはガラスのバケツはないと言った)。
我が家の習慣はここまで。韓国の墓参りの話をしよう。
韓国ではもともと、墓は石仏じゃなく、土饅頭系だった。もっと言えば、古代の朝鮮の偉い人は、山1つが墓だったらしい(しかし、古墳になっていない矛盾)。国土が狭いので、山1つの代わりに、土饅頭をコンパクトになったらしい。しかし、韓国は、洪水が起こりやすい土地柄なので、その土饅頭も、近代までは、流れたら終了。儒教の教えとして、形としての土饅頭が大切であり、骨自体は、遺骨という意識は少なかった。
近代では、土饅頭というわけではなく、そこは葬祭産業の発達で、もっともっとコンパクトな墓苑が作られるようになった。あげる花は、墓苑の前にある造花屋の造花<造花はダメという、教え(1)>。近代になっても、造花というフェイクの花であり、地球環境に対して優しくないもの<輪廻はしない、教え(2)>。
墓掃除が終わったら、レジャーシート(むしろ)などを敷きます。石仏には、故人の好物、果物、干物やスルメ。果物はその場で切ってあげます<刃物の持ち込みは禁止、教え(3)>。また、マッコリなどの酒やたばこもあげます(お線香をあげる習慣はない模様、教え(4)…酒とタバコを忌むとしない>。
それから、日本の土下座に似ている拝み方をします~立った状態で両手を額の前で水平に合わせ、そのまま腰を曲げて地面に跪き、手と額を地につけるを2回~生きている目上の人に会った時も1回する。
それから、マッコリを、石の下部にかける。故人に遠慮なく飲んでもらうようにの意味とのこと。そして、自分も飲む。…ちょっとした宴会。故人と楽しい時間を過ごそうということらしい。
おそらく、大正生まれの祖母の育ったところにも、かなりの田舎だが、クレージーな朝鮮人が存在していて、独自の墓参りの姿を見せた。故に、酒タバコ禁止という、今や差別用語だが「キチ〇イが生まれるとしている」になったのではと推測される。
お国柄という安易な言葉があるが、今の日本の墓参りも、ちょっと朝鮮風に「故人が好きだったんだからいいじゃん」になっている。ダメなものはダメというのが、宗教の連綿と続いている風習だ。
27年前に亡くなった祖母に聞く方法はない。
【編集 : fa】