タイに来た日本人から「タイには癒される」と聞くことが多い。しかし、いったいタイの何に癒されるのだろうか。タイの微笑みだろうか? それとも、ホスピタリティー(おもてなし)だろうか? もうすぐ3年ぶりにやってくる本格的な観光シーズンを前に考えてみた。
高齢者にはもちろん、妊婦や子どもにも席を譲る社会
今では田舎暮らしをしている自分だが、3年前まではずっとバンコクで暮らしていた。その時の移動手段は電車かバス。その車中では、席を譲るタイ人の姿をいつも見てきた。たまに日本に行った時に電車などで、妊婦さんや高齢者が目の前に立っても、寝たふりをしたり携帯を見たまま無視を決め込んでいる様子を見ては、「こんなに思いやりがない日本社会ってどうなんだろう?」と思ったものだった。
タイに住んでいる日本人の多くは、こんなタイ人の行動を称賛しつつ、子供にまで席を譲ることについては、賛否分かれている。わたしも自分がバスに乗る生活をしなければ、その理由はわからなかっただろう。タイのバスは、最近では乗り心地もよくなってきているが、乱暴な運転と渋滞をすり抜けたり、悪い路面でかなり揺れる。大人でさえ立っていると吊革などにつかまっていなければ、転んでしまいそうだし、実際に人がコケたところにも何回か遭遇した。そのため、ただでさえ子供好きなタイ人は、まだ足腰も強くない子どもたちに席を譲るのだ。
やさしい子育て環境
子どもといえば、タイの会社にはときどき子どもがいる光景に出会すこともある。特に3月、4月の長期休みと10月に中間休みの時期に多いのだが、ほとんどの会社が子ども連れで出社することを禁止していない。むしろ、会社全体で歓迎している雰囲気もある。また、子どもを連れているとレストランや道端ですら、「かわいいねー!」などと声をかけられたり、ちょっと目を離しても、子どもの相手をしてくれたりする。恐らくではあるが、これは彼ら彼女たちがかつて、子どもの頃に同じように見知らぬ人から、暖かく接せられて見守られてきたからだと思っている。
バンコクで子育てをしている女性はこう話す。
「子どもを妊娠していたとき、電車に乗ったら何人も一斉に席を立って譲ってくれようとしたんです。日本では、そういうことがなかったので、嬉しいやら、ビックリするやら。まして何人も一斉に譲ってくれようとしたので、戸惑ってしまいました。それにひと駅だからと断ったら、逆に怪訝な顔をされてしまったこともあるんです。」
現代のタイにおいても、子どもへの虐待は時折ニュースになっており、社会問題としての認識も高まってきている。また、地方などでは事実婚がまだまだ多く、シングルマザーが多いこともかなり以前から社会問題というより、すでに常態化している。このため、多くの人が田舎の両親や祖父母のもとに子どもを預けているケースが今でも非常に多い。地方では地域社会のコミュニティーが昔とほとんど変わらずに残っていることもあり、同居している家族だけでなく、入れ替わり立ち替わり、近所の人が訪ねてくる。そのたびに子どもとも接するし、出かける時には近所の家に子どもを預かってもらうことも日常的だ。そのように小さな時から家族以外の大人の社会と強制的に関わることで、人との付き合い方や思いやりの心も体得しているのだろう。
今の日本において、こうした相互扶助的というと堅苦しいが、隣人として、人としての思いやりが失われてはいないだろうか。多くの日本人が癒されると感じるのは、こうした思いやりの気持ち溢れるタイ社会そのものの雰囲気が、そして時に直接に思いやりに接するからではないだろうか。もちろんタイ社会には多くの問題も抱えている。世界最多ともいわれる交通事故による死傷者数。麻薬問題。飲酒などによるDVや貧困の問題もまだまだ解決していない。それでも、ほとんどのタイ人はいつでも、どんな時でも、思いやりの心を忘れることがない。それが仏教の教えに基づくものなのか、社会一般の通念なのかは判別し難いが、それは私たち日本人もかつて持っていた心でもあり、タイに来て癒されたら、ぜひその心をお土産として持ち帰っていただきたい。
【執筆 : そむちゃい吉田】
高齢者にはもちろん、妊婦や子どもにも席を譲る社会
今では田舎暮らしをしている自分だが、3年前まではずっとバンコクで暮らしていた。その時の移動手段は電車かバス。その車中では、席を譲るタイ人の姿をいつも見てきた。たまに日本に行った時に電車などで、妊婦さんや高齢者が目の前に立っても、寝たふりをしたり携帯を見たまま無視を決め込んでいる様子を見ては、「こんなに思いやりがない日本社会ってどうなんだろう?」と思ったものだった。
タイに住んでいる日本人の多くは、こんなタイ人の行動を称賛しつつ、子供にまで席を譲ることについては、賛否分かれている。わたしも自分がバスに乗る生活をしなければ、その理由はわからなかっただろう。タイのバスは、最近では乗り心地もよくなってきているが、乱暴な運転と渋滞をすり抜けたり、悪い路面でかなり揺れる。大人でさえ立っていると吊革などにつかまっていなければ、転んでしまいそうだし、実際に人がコケたところにも何回か遭遇した。そのため、ただでさえ子供好きなタイ人は、まだ足腰も強くない子どもたちに席を譲るのだ。
やさしい子育て環境
子どもといえば、タイの会社にはときどき子どもがいる光景に出会すこともある。特に3月、4月の長期休みと10月に中間休みの時期に多いのだが、ほとんどの会社が子ども連れで出社することを禁止していない。むしろ、会社全体で歓迎している雰囲気もある。また、子どもを連れているとレストランや道端ですら、「かわいいねー!」などと声をかけられたり、ちょっと目を離しても、子どもの相手をしてくれたりする。恐らくではあるが、これは彼ら彼女たちがかつて、子どもの頃に同じように見知らぬ人から、暖かく接せられて見守られてきたからだと思っている。
バンコクで子育てをしている女性はこう話す。
「子どもを妊娠していたとき、電車に乗ったら何人も一斉に席を立って譲ってくれようとしたんです。日本では、そういうことがなかったので、嬉しいやら、ビックリするやら。まして何人も一斉に譲ってくれようとしたので、戸惑ってしまいました。それにひと駅だからと断ったら、逆に怪訝な顔をされてしまったこともあるんです。」
現代のタイにおいても、子どもへの虐待は時折ニュースになっており、社会問題としての認識も高まってきている。また、地方などでは事実婚がまだまだ多く、シングルマザーが多いこともかなり以前から社会問題というより、すでに常態化している。このため、多くの人が田舎の両親や祖父母のもとに子どもを預けているケースが今でも非常に多い。地方では地域社会のコミュニティーが昔とほとんど変わらずに残っていることもあり、同居している家族だけでなく、入れ替わり立ち替わり、近所の人が訪ねてくる。そのたびに子どもとも接するし、出かける時には近所の家に子どもを預かってもらうことも日常的だ。そのように小さな時から家族以外の大人の社会と強制的に関わることで、人との付き合い方や思いやりの心も体得しているのだろう。
今の日本において、こうした相互扶助的というと堅苦しいが、隣人として、人としての思いやりが失われてはいないだろうか。多くの日本人が癒されると感じるのは、こうした思いやりの気持ち溢れるタイ社会そのものの雰囲気が、そして時に直接に思いやりに接するからではないだろうか。もちろんタイ社会には多くの問題も抱えている。世界最多ともいわれる交通事故による死傷者数。麻薬問題。飲酒などによるDVや貧困の問題もまだまだ解決していない。それでも、ほとんどのタイ人はいつでも、どんな時でも、思いやりの心を忘れることがない。それが仏教の教えに基づくものなのか、社会一般の通念なのかは判別し難いが、それは私たち日本人もかつて持っていた心でもあり、タイに来て癒されたら、ぜひその心をお土産として持ち帰っていただきたい。
【執筆 : そむちゃい吉田】