バスのハンドルを握る運転手の男性。実は、聴覚の障害で、音がほとんど聞こえません。前例がほとんどない中、バス運転手になる夢を叶えるまでの日々に密着しました。
日軽北海道 大沢勇一運転手(59)
「大沢です。よろしくお願いします」
去年7月、北海道苫小牧市のバス会社に入社した大沢勇一(おおさわ・ゆういち)さん。59歳の新人運転手です。
指導教員
「道路は道なりにカーブね。十字路があるから、右折ね」
大沢さんは、生まれつき聴覚に障害があります。補聴器がない状態では、ほとんど音が聞こえません。
日軽北海道 大沢勇一運転手(59)
「私の父親もバスの運転の経験があり、それを見ていたので、お客様を乗せたいと思いました」
2016年の道路交通法の改定で、聴覚に障害がある人でも、補聴器を着けて、一定レベルの聴力があれば、2種免許を取ることができるようになりました。
別の仕事をしながらも、運転手の夢を抱き続けた大沢さんは、7年前に「大型2種免許」を取得。
北海道内のバス会社での採用を探しましたが、受け入れてくれる会社はなかなか見つかりませんでした。
日軽北海道 大沢勇一運転手(59)
「自分はしゃべれない、聞こえないがあるので指導する人も大変なのかなと思った。悔しい気持ちがありました。いっぱい、いっぱいあります」
一方で、北海道内では深刻な運転手不足によりバス路線の廃止や減便が相次ぎ、地域の交通に影響が出ています。
国の室蘭運輸支局は、運転手の確保に悩んでいた苫小牧市のバス会社「日軽北海道」に大沢さんを紹介しました。
室蘭運輸支局 門間俊也運輸企画専門官
「障害者であっても2種免許を持ち、バス会社が適切に指導すれば運転手になることはできる。障害のある人でも運転手になれるというパイオニアになってほしい」
工場や発電所の従業員の「通勤バス」を運行するこのバス会社は、ここ数年、新たに苫小牧市に進出する企業からの依頼が急増しています。
運転手不足を補うため、自動運転バスをいち早く導入しました。
さらに若い人材の採用も進めていますが、既に免許を持っている大沢さんは、願ってもない「即戦力」でした。
日軽北海道 栗田勤社長
「(障害に)不安もあったが、面接してみて非常にやる気があった。一般の運転手と同じように安全第一で運行してもらえれば」
日軽北海道 大沢勇一運転手(59)
「(内定をもらったときはどう思った?)ありがとう、とにかくうれしかったです」
聴覚障害者を迎え入れるのは、会社にとっても初めての経験です。
路上研修は、指導役の先輩運転手とあらかじめハンドサインを決めて臨みました。
指導担当 櫻井孝義運転手
「(指が)車線。(急ブレーキ押さえて)大事に大事に(2速3速)」
大沢さんは、音以外の感覚を研ぎ澄ませて運転します。後ろから救急車が来ても。
指導担当 櫻井孝義運転手
「いま救急車よけましたよね。光でわかる、目の反応はすごく速いと思う。必死なんでしょうね、夢をつかむために」
先輩運転手も手話を覚え、研修は通常の運転手より3か月長い半年間をかけました。
一方、会社は、大沢さんのバスの状況がリアルタイムで分かるモニターを設置。
万が一トラブルが起きた時は、乗客から会社に連絡してもらうよう協力を依頼するなど、大沢さんをサポートします。
日軽北海道 大沢勇一運転手(59)
「働けて仕事を任されることがありがたい。プロの運転手として頑張ります」
ついに迎えた運転手デビューの日。
運行管理者
「きょうから1人なので、確認などしっかり安全運行でお願いします」
ちょっと緊張した面持ちの大沢さん、研修の成果は発揮できるのでしょうか?
聴覚に障害を持つバス運転手、大沢勇一さん。半年間の研修を終え、デビューの日を迎えました。
「おはようございます」
大沢さんの担当は、苫小牧市の西の端から住宅街をめぐり、東側の苫東厚真火力発電所までの30キロ。
「北海道パワーエンジニアリング」の従業員を送り届けます。
通勤通学のラッシュアワーで多くの車が行き交う中、しっかり「指差し確認」で安全運転を徹底します。
無事に、利用者を送り届けました。
利用者
「指差し確認をしっかりやっているので、本当に安心して乗れている」
「すごくいい乗り心地。夢を諦めずに、かなえたことは立派」
利用者「これから、よろしくお願いします」
表情と手話には、バス運転手になった喜びと自信があふれています。
日軽北海道 大沢勇一運転手(59)
「無事に終わってよかった。利用者が安心して乗れる運転をしたい」