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「コンコルド打法」で大舞台での活躍も光った淡口憲治、90年からは巨人の打撃コーチに就任

スポーツ報知 2024年6月29日 6時5分

 創立90周年を迎えた巨人。巨人での出場試合が多い野手、投手を中心に記録にも記憶にも残る歴代の「偉人」を紹介します。第51回は淡口憲治。

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 巨人の淡口憲治はコンコルド打法と言われた。長嶋茂雄監督が命名したもので、すさまじいスイングスピードを、70年代後半に登場した超音速旅客機・コンコルドになぞらえたものだった。

 1952年4月5日、兵庫県出身。三田学園2年春、山本功児とともに甲子園に出場(3年春も)。70年、ドラフト3位で入団した。

 75年、開幕戦で代打本塁打するなどし、規定打席不足も打率・293。左翼、右翼を守った。

 張本勲が加入した76年、10月12日の阪神戦でプロ野球通算700本目の満塁弾を放つ。同年、阪急との日本シリーズ第6戦では山口高志から3ラン。81年も優勝に貢献し、日本ハムとのシリーズ第4戦でも2点二塁打と大舞台での活躍も光った。

 83年には初めて規定打席に到達し打率・302。84年以降は、駒田徳広、吉村禎章らの台頭で出番が減少し、85年オフ、有田修三とのトレードで近鉄に移籍した。

 89年、巨人との日本シリーズ第2戦、桑田真澄からタイムリーと有終の美を飾り引退。90~2005年に巨人の打撃コーチとして松井秀喜、清水隆行らを指導。2軍監督も務めた。

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