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「僕が決めました」正捕手は自ら投手交代を決断、救援のマウンドに立った 芝が関東第一を追い詰めた2時間42分

スポーツ報知 2024年7月17日 7時30分

◆第106回全国高校野球選手権東東京大会 ▽3回戦 関東第一4X―3芝=延長10回タイブレーク=(16日・神宮)

 「投手交代は監督の専権事項である」と語ったのは、指揮官としてプロ通算1565勝を挙げた日本一3度の名将・野村克也さんだ。

 その投手交代を、監督ではなく捕手のキャプテンが決断した。しかも彼は自ら救援のマウンドに向かった-。

 なかなか見られない、しびれる場面だった。

 昨秋の東京大会王者で今春センバツ出場校の強豪・関東第一と、中高一貫の難関進学校・芝との勝負は、手に汗握るシーソーゲームになった。

 8回裏、関東第一が1点のビハインドを同点に追いつき、なおも2死一、二塁。6回から2番手でリリーフした芝の3年生右腕・西尾行雲は2球、ボールが続いた。西尾は本来なら絶対エース。だが春の大会で右肘を負傷し、本来の姿ではなかった。気持ちで力投していたが、正捕手で主将の久米崇允(3年)は球威の衰えをミットの感触で察知した。

 カウント2ボール。久米は一塁ベンチの増田宣男監督(43)とアイコンタクトをとると、球審に告げた。

 「キャッチャーが、ピッチャーで」

 防具を外して荒れたマウンドへ走る。「関東第一さんの打者は真っすぐに強いので」。カットボールで左飛に抑え、ピンチを脱した。9回も2死一、三塁の危機を招くが、ゼロに封じた。だがタイブレークに突入した延長10回、強打者の意地に敗れた。

 ジャイアントキリングはあと一歩で果たせず。唇をかんで、言った。

 「最後は勝ちきりたかった。悔しいです。6年間やってきたので、ピッチャーの崩れるタイミングはわかります。だいたい僕が監督に言って、投手を代えてもらいます。今回は僕が決めました」

 春の西尾の負傷で、計算の立つ投手が、この日先発した左腕・武田稜平(3年)しかいなくなった。「選手層が薄いので、僕がやるしかないと」。春の大会後、久米は投球練習を始めた。「元々小学校の頃は投手をしていたので、『ストライクが入ればいい』ぐらいの気持ちで」。そんな“危機管理”が神宮の大舞台で奏功した。強豪をあと一歩まで追い詰める原動力になった。

 芝は東大合格者18人、早慶上理に多くの合格者を出す中高一貫の男子校だ。芝中は中学受験では難関だけに、小学時代は塾通いに奮闘した生徒たちが集う。芝中には軟式野球部とともに硬式野球部もあり、「芝シニア」としてリトルシニアに参加。野球経験者でなくても、早くから硬式球を握り、強豪のシニアチームとも試合を重ね、6年計画で硬式野球に熱中、上達できるメリットがある。

 芝シニアには元慶大助監督で東京六大学野球リーグを戦い、羽黒(山形)の監督として2018年夏の甲子園に導き、慶応(神奈川)のコーチとして昨夏の甲子園優勝にも尽力した小泉泰典氏ら、指導スタッフも手厚い。中3の8月から高校の練習に参加できるのも大きい。増田監督は「選手たちが自分たちで練習メニューとかいろいろ考えて、自主的に取り組めるのがウチのいいところ。私は元々、中学を指導していて、久米君たちの代は中1の入部時から知っている子たちなんです。やり切ってくれたところが見られて、うれしいです」と目を細めた。

 芝にとって関東第一は、2021年夏の準々決勝で4回まで0-0だったが、5回に8失点し、7回コールドで敗れた因縁の相手。中3だった久米らは江戸川区球場でその一戦を見つめていた。「強い先輩たちだったので、4回までは勝てると思っていた。でも強いチームは、ちょっとのスキがあったら負けると学びました。関東第一さんにリベンジして、甲子園に行きたいと、あの時に思ったんです」。夢はわずかに叶わなかったが、この日の神宮の熱狂こそ、彼らの日々が正解であることを物語っていた。

 最後に聞いた。久米君にとって、高校野球の魅力とは、何ですか。

 「自分を磨けることです。高校野球を通じて、上を目指す。そのために何が必要かを冷静に考えて、動ける人間になれますから。人として成長できるのが、高校野球の魅力だと思います。あとは…仲間ができたことですね」

 部訓の「自律自立」を完遂した。奇跡は起きなかった。だが高校野球の魅力が詰まった2時間42分だったことは、間違いない。(編集委員・加藤弘士)

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