パリ五輪に向けたウェブ連載企画「Ｍｅｓｓａｇｅｓ ｆｏｒ Ｐａｒｉｓ」の最終回となる第２１回は、レスリング界で注目を集める「チーム四国」の躍進を掘り下げる。パリ五輪の男女代表１３人のうち、４人が四国出身。レスリングが決して盛んではなかった地域から、なぜ多くのメダリスト候補が輩出されたのか。急成長の背景に迫った。
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金メダル量産が期待されるレスリング界で今、注目されている言葉がある。「チーム四国」。男子フリースタイル６５キロ級の清岡幸大郎（２３）＝三恵海運＝、女子５７キロ級の桜井つぐみ（２２）＝育英大助手＝は高知県出身。男子グレコローマンスタイル７７キロ級の日下尚（２３）＝三恵海運＝は香川県。同６６キロ級の曽我部京太郎（２３）＝ＡＬＳＯＫ＝は愛媛県出身だ。パリ五輪では四国から４人の選手が初の大舞台に立つ。
もともと競技人口や競技成績を含めて、レスリングが盛んな地域ではなかった。徳島県は古豪と呼ばれ、１０人の五輪代表を輩出しているが、愛媛の曽我部は０４年アテネ、０８年北京に出場した松本慎吾以来、２人目の代表。高知と香川はこれまで代表選手が１人もいなかった。近年は代表クラスに限らず、各年代の全国大会でも、四国勢が上位に進出。躍進の背景を探るため、まずは桜井つぐみの父で高知南高監督の優史さんに当たった。
優史さんが考えを変えたきっかけは、２００２年に地元で開かれた高知国体だったという。優勝を目指し、中学柔道部出身の選手をスカウトし、大会に臨んだが、惜しくも決勝で敗退した。相手は静岡の長谷川恒平。後に１２年ロンドン五輪に出場する全国トップ選手だった。
「いい勝負はするが、キャリアの差を感じた。日本一の選手を出すためには、ジュニアから強化するしかないと思った」
２００４年、「高知レスリングクラブ」を設立し、育成、指導を始めた。参考にしたのは、高校時代に指導を受けた香川・高松北高の竹下敬監督だ。同監督は幼児から中学生まで在籍する高松レスリングクラブでもコーチとして指導していたからだ。
そのクラブに３歳の時に入ってきたのが、日下だった。日下は担任の先生の勧めで相撲の「黒田道場」に通い、中学卒業まで６年掛け持ちして取り組んだ。竹下監督は「日下が日本が苦戦してきた重い階級で世界と渡り合える存在となった。黒田道場で基礎基本を叩き込んだことが良かったと思う。やってきたことは間違いなかった」と語る。
愛媛の今治レスリングクラブでは、小学３年生の曽我部が門をたたいた。高学年の時に１７年愛媛国体の開催が決まると、越智雅史監督の指導に熱が入った。曽我部らの世代が高校生で愛媛国体を迎えることから「ターゲットになる子たちが明確になった」と、遠征や出稽古を増やすなど強化。今治西高進学後に頭角を現した。小中高と１人の指導者に一貫して指導を受けたことが大きかった。
指導者の熱意に応えるように、同年代の選手たちは交流、出稽古などで刺激を与え合った。１学年上に日下がいて、清岡、桜井、曽我部は同学年。清岡と桜井は高知クラブで幼少期からライバル関係だったが、清岡と曽我部も互いに張り合う間柄だ。日下、清岡、曽我部は高校卒業後は日体大に進学し、現在も同じ練習場で汗を流している。
清岡は「小さい頃から同期の曽我部や日下先輩、一番近くにいる桜井とライバル視しながら、応援もしながら、切磋琢磨（せっさたくま）してきた。先生たちも含めて、四国で高め合っていこうという意識は感じる部分が多くあった」と振り返る。
県外からトップ選手や指導者が講習に来る時には声をかけ、ともに学んだ。越智監督は「同じ四国で先生たちも仲が良かった。みんなが強くなればいいと思っているので、惜しみなく情報は全部提供している」と明かした。
熱意のある指導者が力を合わせ、才能を秘めた子どもたちが同じ世代と高め合って開花した。どれか１つでも欠ければ恐らくは成し得なかった結果だが、１つ１つの要素は決して再現できないものではない。桜井監督は「四国の指導者にとって『うちもいける』という自信と勇気につながってくれるんじゃないか。四国だけじゃなく、地方でもそう思ってくれる指導者がいれば、レスリング界にとってすごく良いこと」と期待を込めた。
パリ五輪で「チーム四国」の先陣を切るのは、最年長の日下だ。決勝は現地時間の８月７日に行われ、８日に曽我部、９日に桜井、１１日に清岡が挑む。四国勢は２８年ロサンゼルス五輪に向けても、４月のアジア選手権でグレコで史上初の高校生王者となった吉田泰造（高松北高）を筆頭に有望な選手は多い。パリ五輪から、四国のレスリング界の新たな歴史が始まる。（林 直史）＝おわり＝