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【阪神】掛布雅之さんが選ぶ聖地での忘れられない3試合 プロ1年目伝統の一戦で江夏豊さんから「ちゃんと捕らんか!」

スポーツ報知 2024年7月30日 5時0分

 甲子園球場は8月1日、開場100周年のメモリアルデーを迎える。阪神で1974年から15年間、スラッガーとして活躍し「ミスタータイガース」と呼ばれた掛布雅之さん(69)=スポーツ報知評論家=が、聖地での忘れられない3試合をピックアップ。自身を育ててくれた球場への熱い思いを語った。

 

1974年5月28日・巨人戦

 初めて甲子園の洗礼を受けた試合は、特に印象に残っているんだ。プロ1年目の5月28日、「7番・一塁」で初めて巨人戦にスタメン出場した試合だった。

 どんな雰囲気なんだろうと思ってたんだけど、昼間の練習はいつも通りで普通だった。でも、練習後にベンチ裏に戻り、試合開始前に再びグラウンドに出たらお客さんがいっぱい(4万5000人)で、甲子園の表情がガラリと変わったんだよね。

 これが伝統の一戦か、と足がガクガク震えた。試合が始まると、一塁コーチの横くらいにファウルフライが飛んだんだけど、緊張で足が動かなくてボールが目の前にポトリと落ちた。「ちゃんと捕らんか!」。先発の江夏豊さんから叱られたことを覚えている。最初の打席も投ゴロで、すぐに途中交代。甲子園に飲まれたと、はっきり自覚した一日だった。

 ただ、自分にとっては、その後のプロ野球人生で大事にしていく「守りから入る野球」を甲子園に教えてもらった試合だと思っているんだ。

1979年9月18日・広島戦

 初めての40発は忘れられない。当時、相性の良かった福士さんから甲子園のレフトへ打った。インパクトの瞬間にオーバーフェンスを確信した当たりで、一塁ベンチに戻ったら足がガタガタと震えて止まらなかったんだ。

 よく、打率3割と2割9分9厘は世界が違うというけど、本塁打も同じなんだよね。40発なんて、リーグに1人か2人しかいないんだから。別世界を見た思いは格別だったよ。

 当時は山本浩二さん(広島)とキング争いをしていて、プレッシャーもかなりのものがあった。あの一発で2本差をつけたんだけど、逆に「こうなったからには負けられない」と、さらに重圧がかかったね。

 結局、その後の21試合で8本積み上げ、48発で初タイトルを獲ったんだけど、終盤5、6本差をつけた時に、コウジさんはカープ担当の記者に「今年は俺の負けだとカケに言っといてくれ」と伝言したんだ。甲子園を本拠にして48発というのは、ものすごく自信になったね。

1985年4月17日・巨人戦

 バックスクリーン3連発は、今や当事者じゃなくてファンが語るべき試合になったよね。あの3人の真ん中に自分がいたということは、やっぱりうれしい。

 槙原から打ったということも、自分の中では大きいんだ。82年シーズン後の秋、宮崎で巨人とオープン戦をやったんだけど、高卒1年目を終えたばかりの彼が先発してきたんだ。この時にとんでもなく速いストレートを投げてこられて、これは近いうち絶対に阪神はやられるぞ…と危機感をもった。案の定、翌年のプロ初登板初先発(4月16日=甲子園)で延長10回完封負けを食らった。

 その日の最後の打者が、実は自分。本塁打性の打球だったんだけど、強烈な浜風に押し戻されて中飛になった。今でも覚えているくらい悔しくてね…。その後、槙原からは後楽園球場で本塁打を打ったりはしてたんだけど、あの試合で個人としてもチームとしても彼に意地をみせたね。

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