プロレスリング・ノアの「ＴＥＡＭ ＮＯＡＨ」齋藤彰俊が１７日に愛知・名古屋市のドルフィンズアリーナ（愛知県体育館）で引退する。空手家からプロレスへ転身しデビューは１９９０年１２月２０日、愛知・半田市民ホールでの「パイオニア戦志」。以後、新日本プロレスで「平成維震軍」などで活躍し一気にトップ戦線へ食い込むも退団。２年間、リングから離れ２０００年からノアに参戦し０９年６月１３日には、リング上で急逝した三沢光晴さん（享年４６）の最後の対戦相手となる過酷な運命も背負った。当時は、一部の心ない人々から激しい誹謗（ひぼう）中傷を受けたが逃げることなくリングに立ち続けファンから絶大な支持を獲得した。今年７月１３日の日本武道館大会で潮崎豪に敗れ引退を決断した。引退試合は丸藤正道と対戦が決定した。スポーツ報知では、波乱万丈だった３４年あまりのプロレス人生を「齋藤彰俊ヒストリー」と題し引退試合の１７日まで連載。第７回は「小林邦昭との番外マッチ」
（福留 崇広）
控室のドアを閉め忘れたことで「誠心会館」の同門で高校時代からの友人が小林邦昭に殴打された。敵討ちを誓った齋藤は、１９９２年１月４日、新日本プロレスの東京ドーム大会で挑戦状を読み上げた。この行動が認められドームから３週間あまりを経た１月３０日、「敵討ち」が実現する。場所は、７２年３月６日に新日本プロレスが旗揚げした会場の大田区体育館（現・大田区総合体育館）だった。
「敵地に乗り込んでの敵討ちですから、会場入りから興奮状態でした」
齋藤の参戦に新日本プロレスの選手間では猛烈な反発があった。加えてこの闘いに至る過程で「誠心会館」の青柳政司館長から猛反対を受けていた。
「当時、青柳館長は新日本と契約していたので自分の道場の弟子が新日本に反抗するなんてとんでもないというスタンスで館長から挑戦することは反対されていました。東京ドームの前に誠心会館の自主興行をやったんですが自分の試合後に『俺が今、参戦している団体なのに何でだ！何でわからないんだ！』とリング上で馬乗りになって殴られました」
理由は違うが、新日本の選手と同じように青柳も齋藤が小林と対戦することは認めなかった。こうした事情から試合は、通常のメインイベントを終えた後に行う「番外マッチ」との位置づけで実行された。入場時のテーマソングもなし。新日本としては、あくまでも正式な試合としては認めないというスタンスだった。時間無制限一本勝負の試合。ルールはＫＯ、ギブアップのみでの決着だった。
「試合は、どういう感じでやるのかもわからない。そんなことを教えてくれる会社じゃないですから。『とりあえずレフェリーはつけるから』とだけ言われました。まるでパイオニア戦志でのデビュー戦の時に当日会場にいって剛竜馬さんから『こいつとやれ』とだけ言われたのと同じ状況でした。だから自分もプロレスをやるつもりはありませんでした。恐らく小林さんもそうだったと思います。高校時代にやってたケンカです。そのまま行ってやれと決意しました」
この異様なシチュエーションにファンは飛び付いた。会場は４０００人が押し寄せる超満員札止めとなった。メインイベントは長州力、馳浩ｖｓ藤波辰爾、野上彰だった。長州がリキラリアットで野上を沈めても席を立つ観客はほとんどいなかった。切符を買ったファンは、齋藤と小林の「番外マッチ」を見るために大田区に集結したのだ。そしてゴングが鳴った。
「リングに入った瞬間に一線を超えました。頭にあったことは、ひとつだけでした。『一泡吹かせて敵を討つ』。それだけです」
事前の作戦はこうだった。
「わりあい、ヒザ蹴りを多用しました。得意でしたし、ハイキックを出すとバランスが不安定になって倒される危険性がありましたから。接近戦でヒザ蹴り、あるいは、ヒジを入れる方が実戦的だと思いました」
蹴り、パンチを数えられないほど小林に浴びせた。しかし、倒れない。流血に追い込んだ。それでも立ち上がってくる。齋藤も流血した。血で血を洗う死闘は、小林のおびただしい流血に危険を察知したレフェリーが試合を止めた。７分１０秒の血闘。齋藤は、敵討ちを果たしたのだ。デビューから１年２か月。アルバイト生活、団体解散、分裂…激震にまみれた男が最大メジャー団体のド真ん中に立っていた。凄まじい歓声とヤジは、ファンが齋藤をプロレスラーとして認めた証明だった。
「勝ったのはちょっとした差だと思います。それ以上に小林邦昭さんの打たれ強さに驚異を覚えました。自分は思いっきり蹴りも突きも入れました。空手の試合では、すべて倒せた技でした。そのすべてを受けて立ち上がってきました。本物のプロレスラーの強さを教えられました」
あれから３２年を経た今年９月９日、小林は６８歳で急逝した。告別式で齋藤は、遺族からの願いを受け弔辞を読み上げた。ささげた思いは「感謝でした」と言葉を震わせた。齋藤は小林によってプロレスラーとして覚醒した。だからこその「ありがとうございます」だった。祭壇には、齋藤との激闘が大きなパネル写真として飾られていた。「大田区番外マッチ」。齋藤だけでなく小林にとっても生涯忘れられない闘いだった。
（続く。敬称略）