元NHKアナウンサーで、大相撲中継に約35年携わった刈屋富士雄氏(64)=相撲記者クラブ会友=が、北の富士さんを悼んだ。放送席からともに大相撲の魅力を伝えてきた刈屋氏は、北の富士さんの歯に衣(きぬ)着せぬ解説からにじみ出る人柄を「粋でおちゃめでセンスもある懐の深い文化人だった」と振り返った。
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五輪など様々な競技の中継をいろいろな解説者と一緒に担当してきたが、北の富士さんは群を抜いた素晴らしい解説者だった。ユーモア、会話のセンスが体に染みついていて、例えば抵抗なくつり出される力士に「もっと抵抗しなきゃ。鮭(シャケ)じゃないんだから」と評する。場の空気を読み、かつ言葉でより分かりやすくどう面白く言うか。それをスッと視聴者に伝えるセンス、言い回しは粋でスタイリッシュ。目にしたいろいろなものから発想を得てそれを出せる人だった。
印象に残るのが「美」への見識の高さ。日本人の考え方、感性、生き方、文化、様式美など。自身の粋な生き方であったり、ダンディーな装いもそう。女性の着物や帯もよくご存じだった。時代は変われど、その美への価値観が一切ぶれない。大相撲の力士とはこういうものだという信念を持っている方だったから解説が面白かった。
引き出しの多い方で、よく都々逸(どどいつ、三味線に合わせて歌う民謡)も解説で引用された。「咲いた桜になぜ駒つなぐ 駒が勇めば花が散る」。一番印象に残っている北の富士さんが口ずさんだ都々逸で、力が落ちてきた頃の横綱・白鵬をそう評した。いろんな解釈のできる都々逸だが、桜の木に暴れ馬をつなげば、花が散る。だが白鵬という桜を散らすような元気のいい馬(力士)がいないと遠回しに嘆いた。非常に粋である。
放送席に立つ前に周囲を見渡すのが恒例だった。動体視力が良いのか人を発見する能力が優れていて、広い館内で知り合いの“ママ”が何人きているのかすぐ把握する。放送中にスッとメモが出てきて解説のネタかな思って見ると「〇〇のママ来てるよ。」いつぞやは、NHKの後輩アナウンサーの鈴木奈穂子さんが放送席の前のマス席から手を振っていたので、私が手を振ったら北の富士さん、「どこの店の子?」と。で、「渋谷(NHKの所在地)」とメモで渡しました(笑い)。
人間味にあふれ、奥の深い愉快な文化人。私もああいう人になりたい。(立飛ホールディングス執行役員、元NHKアナウンサー・解説主幹)