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「承認欲求の物語を書きたかった」村山由佳さんが描く直木賞のリアル…新刊「PRIZE―プライズ―」

スポーツ報知 2025年1月13日 12時0分

 第172回芥川賞・直木賞の選考会が15日に開かれ、受賞作品が決定する。2003年に直木賞を受賞した作家・村山由佳さん(60)の新刊「PRIZE―プライズ―」(文芸春秋、税込み2200円)は、直木賞がどうしても欲しいベストセラー作家と編集者を描く小説だ。綿密な取材に基づいて描かれた直木賞の裏側と、栄誉を欲する人間の性(さが)。文学界で一番有名な賞が決まる直前に、いつまでも止まらない承認欲求への思いを語ってもらった。(樋口 智城)

 直木賞を取るため、女性ベストセラー作家が破壊的な情熱を燃やす物語。なぜ文壇から正当に評価されない、何がダメなのと自問自答しながら、賞(PRIZE)という栄誉をどう猛に追い求める。

 「この作品、最初から直木賞ありきだったわけではありません。承認欲求の物語を書きたかった」

 直木賞を描くことになったのは、状況とタイミングが理由。

 「文芸春秋社の『オール讀物』での連載が決まってましたから、文芸春秋なら直木賞のことを書こうじゃないかと」

 直木賞の主催は日本文学振興会だが、候補作を選ぶ予備選考は、文芸春秋社の編集者が中心となって行われている。

 「文芸春秋さんなら、直木賞のことを余すことなく書ける。しかも連載から逆算して、出版されるのは今年1月8日の直木賞直前。これはもうバッチリだなと」

 村山さん自身の人生は、承認欲求の連続。認められたい、ご褒美が欲しいという思いにさいなまれてきた。

 「子どもの頃から母親との関係が強烈だったんですよ。母は昔教員で、母に認められて褒められることが家の中で平和に暮らす大前提。自分で自分の価値を認める形ではなく、母に承認してもらうことが、私が存在を許される一歩目でした」

 幼少期から、承認欲求を膨らませる土壌があった。

 「そのまま大人になっちゃったものですから、自分を認めるのが下手くそで。母に一番褒められたのが作文だったんですけど、それで『私、書くことが得意なんだろうなぁ』と思って小説の新人賞に応募して作家になったぐらいですから」

 いまは、承認欲求をある程度飼い慣らすことはできているが…。

 「どこまで行っても母の代わりに褒めてくれる人を探しているんですよね。どんなに上手に書けても母が認めなければダメなように、ずっとずっと私の作品を認めてくれる人がいないと不安。もう作家としての習性みたいになっています」

 03年に直木賞を受賞。その前後も、承認欲求にさいなまれていたのだろうか。

 「ありましたね~。私の何がダメなの? 何で認めてくれないの?って思い続けてました。ご近所で仲良くさせてもらってる馳星周さん、7回ノミネートの末に直木賞受賞されましたよね? 私なら耐えられません。早々に候補から外してくださいとか主催者側にお願いしてたと思いますよ。こういう感情のコントロールが利く人、うらやましいなぁ」

 主人公の強烈キャラとともに特徴的なのは、詳細に描かれる直木賞の裏側だ。選考過程や方法などが非常にリアル。本書を読めば、直木賞のほぼ全てが分かる。

 「賞のディテールは、全て本当のことです。ウソなく書くことで、選考委員の先生や、もがく小説家も等身大で描きたかった」

 登場する作家の名前の多くは、すぐに誰かを特定できる書き方。それどころか、裏方のスタッフの名前ですら、実在の人物とほぼ同じ場合もある。

 「私は直木賞をそのまま書いているので、名前もリアルな方がいい。いままで書かれた小説でも、直木賞を題材にしたものがあったのですが、ほとんどパロディーだったり、コミカルな形で、『直升賞』とか『直樹賞』とか名前を変える必要があったと思うんです。でも、今回の作品では変える必然性がまるでないんですよ」

 権威ある賞だけに、有象無象のウワサも飛び交う。何かの権力で候補になったのでは?などの各種都市伝説もはびこっている。

 「私、ある人に『文芸春秋で仕事してないと候補にしてもらえない』と言われたことがあったんです。その後、別冊『文藝春秋』の連載をして、単行本にまとまった作品が直木賞候補になって、実際に受賞。だからこそ、最近まで『こりゃ絶対に忖度(そんたく)があるな』って信じていました」

 だが、今作のために徹底取材を重ねたところ、思っていたような恣意(しい)的選考はなかった。

 「事実を知ったことによって、20年前に遡って楽になりました。ちゃんとフェアにもらえたんだなと。ホッとしましたね」

 純愛、性愛、青春小説とさまざまなジャンルで深い人物描写を描いてきた村山さんも、いつの間にやら60歳。還暦を迎え、自身の作家人生について考えることはあるのだろうか。

 「一周回って、好きなことを書くしかないと思っているんです。これだけ本が読まれなくなっている世の中で、どうすれば作家として生き残れるのかとか考え始めると必ず隘路(あいろ)に入っていく。本屋さんもいつまであるか分からないし、先のことは分からない。時代に合わせて書いても、そのブームが廃れたら自分を見失う」

 自分自身を、器用じゃないタイプとも打ち明ける。

 「だから『これでどうだ!』を書き続けるしかないんです。結果として瀬戸内寂聴さんや佐藤愛子さんみたいに90歳までやれたら、言うことないです」

 ということは、幼少期から苦しめられてきた「承認欲求」はもうない…。

 「…わけではないです。いまは本屋大賞、欲しーい! たくさんの人に読まれているっていうあの賞のイメージ、いいなぁって思いますもん。この本の帯にも『どうしても欲し~い』って書いとけば良かったぁ」

 作家とは、世間の評判なんかどうでもいいと思ったら書かなくなってしまうもの。村山さんは、承認欲求をエンジンにこれからも物語を描き続ける。

 ◆村山 由佳(むらやま・ゆか)1964年、東京都生まれ。60歳。立大文学部卒業。93年「天使の卵-エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年「星々の舟」で直木賞、09年「ダブル・ファンタジー」で中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞・柴田錬三郎賞、21年「風よ あらしよ」で吉川英治文学賞を受賞した。

【村山由佳が選ぶおすすめ】

 ◆雷と走る(千早茜、河出書房新社)

 アフリカに駐在している一家が、家族にだけ忠実な番犬を飼う。その家の少女と犬の、言葉にならない絆を描いた小説です。千早さん自身も幼いときにアフリカに住んでいて、当時のことを投影しているんじゃないでしょうか。

 犬と少女の泣ける話…とかじゃないんです。両者の一切ウソがない関係というんですかね。千早さんでないと、話せない犬の中からこんなにいろいろ「言葉」を引っ張り出すことができなかっただろうな…という意味で、ものすごく感銘を受けました。

 この本、郵送されてきたのでちょっとのつもりで読んだんですけど、封を開けて立ったままで読み切っちゃいました。いったい彼女って、どこまで上に行っちゃうんですかね?

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