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母はロンドン五輪銅メダルの大友愛さん 春高MVP秋本美空の卒業後の進路と次なる夢

スポーツ報知 2025年1月13日 6時0分

◆バレーボール ◇全日本高校選手権 最終日 女子決勝 共栄学園 3―0 下北沢成徳 (12日、東京体育館)

 決勝が行われ、女子は共栄学園(東京)が19大会ぶり3度目の日本一をつかんだ。過去4度制覇の下北沢成徳との東京代表対決を3―0で完勝。2012年ロンドン五輪銅メダルの大友愛さん(42)の長女で、主将の秋本美空(みく、3年)が両チーム最多35得点でけん引し、MVPに輝いた。28年ロサンゼルス五輪に向けて、18歳のホープは「次の五輪に出たい」と掲げた。男子は駿台学園(東京)が51大会ぶり2校目の3連覇を飾った。

 エースに託された。チャンピオンシップポイントを握った共栄学園の秋本が相手ブロックの上から打ち抜いた。両校最多35点目で決着だ。笑顔で仲間と抱き合い、コートに体を放り出した。胴上げで2度宙を舞った主将は「日本一って実感が湧かなくてびっくり。成長できたし、最後は一番いい試合」。五輪メダリストの母・愛さんも出られなかった春高で頂点に立った。

 母と同じ184センチの長身から左右、真ん中と多彩なコースからのスパイクで相手を翻弄(ほんろう)した。1―0の第2セットでは「苦しい場面で決めるのがエース」と得点を決めた。準決勝以降、コートに立ち続けたエースの活躍に中村文哉監督(37)も「大エースに育った」とうなった。

 日本一には母娘の絆があった。小学2年の時、愛さんの影響でバレーを始めた。23年に16歳で日本代表候補に初登録後は「代表で活躍したい」と目標が明確になり、母の言葉がより心に響いた。「お母さん、いつも強気」と教わったのは精神面。「(選択に)困ったときに美空に(トスは)上がってくるから、自信を持って打ちな」と言われた。大会期間中は連日連絡を取り合い、決勝前は「自分を信じて頑張れ」と激励された。

 高校入学後は、朝練習のために午前5時半の電車で通学。「朝起きるのが苦手で起こしてもらったり、毎日お弁当を作ってくれたり、たくさん支えてもらって感謝しかない。好きなおかずは春巻き」と笑った。観客席で見守った母に向け、コート上のインタビューで「日本一、取ったぞ~!」と絶叫。そんな娘がチームメートに胴上げされる姿を見ると、母は涙が止まらなかった。

 次なる夢は、母もコートに立った五輪。28年ロス五輪の星は「次の五輪に出たい。代表で活躍したい」と掲げた。関係者によると、卒業後は海外挑戦を視野に入れているという。未完の大器が世界に羽ばたく。(宮下 京香)

 ◆バレーボールの主な親子五輪出場 男子では南将之(故人)、長男の克幸が初の親子五輪同競技代表。父は3大会に出場し、64年東京で銅、68年メキシコ市で銀、72年ミュンヘンで金メダル。克幸は92年バルセロナで6位。また、64年女子金メンバー磯辺サタの長男・丸山繁守は88年ソウルの競泳男子背泳ぎ代表。

【ちょっといい話】 秋本が憧れる選手は「レシーブもスパイクもできる」という、男子の高橋藍だ。藍は20年に京都・東山高で春高初優勝後、日本代表入りし、飛躍の契機になった。春高を初制覇し、秋本も「世代NO1は自分ではないと思っていたけど、日本一になったチームのエースは私。世代NO1エースを誇りたい」と自信を口にした。

 恩師の中村監督は、秋本が共栄学園中3年時に「あそこ(全日本)にお前が入るんだ」と言った。当時はきょとんとしていた秋本だが、16歳で日本代表候補に初登録され「自分にもできる」と本気になった。世界を見据え、高校入学時からレシーブ練習を本格的に開始し、基礎の構えから身につけた。練習前の“早出特訓”にも励んだ18歳のホープは「一番成長したのはレシーブ」と胸を張った。(京)

秋本 美空(あきもと・みく)

 ▼生まれ 2006年8月18日、神奈川県出身。18歳

 ▼両親 父は元柔道男子73キロ級世界王者の秋本啓之さん(38)、母はバレーボール元日本代表の大友愛さん(42)

 ▼サイズとポジション 母・愛さんと同じ身長184センチ。体重68キロ。最高到達点は301センチのアウトサイドヒッター/オポジット

 ▼競技歴 小学2年の時、母の影響で始める。共栄学園中3年時に全日本中学生選抜認定選手。高校1年時の22年にU―18アジア選手権優勝。16歳の23年に日本代表候補に初登録。

 ▼名前の由来 「美空」は美しい心を持った子に。

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