「第97回センバツ高校野球大会」(3月18日開幕・甲子園)の選考委員会が24日、大阪市内で開かれ、浦和実(埼玉)が春夏通じて初の甲子園出場を決めた。
誰もがこの瞬間を待ちわびていた。浦和実の選手、関係者は、さいたま市内の校舎内に設けられた大型スクリーンで選考委員会の中継を見守った。関東地区で3番目に同校の名が呼び上げられると、一斉に拍手が沸き起こり笑顔の輪が広がった。1988年4月から同校を率いる辻川正彦監督は「37年間…」と言ったきり30秒以上言葉を詰まらせ、うれし涙を流した。浦和学院、花咲徳栄、春日部共栄、聖望学園といった県内の強豪私学に阻まれてきた厚く、高い壁をようやく乗り越えることができた。「本当に長かったです。やっときょう決まりました。選手の皆さん、本当にありがとう」と喜びにひたった。
そのシーンを会場で静かに見守っていたのが同校OBで巨人、ロッテでプレーした小原沢重頼コーチだった。昨秋の関東大会4強で選出は確実視されていたが、発表までは落ち着かなかったという。「関東大会が終わってから非常に長かったなというのはあります。感慨深いというかOBとしての喜びもあるし、指導者としての喜びが重なっています」としみじみと語った。
浦和実から城西大に進み1991年ドラフト2位で巨人に入団。97年まで47試合に登板し、3勝7敗の数字を残した。98年にロッテへ移籍し、同年オフに引退。明星大コーチ、城西大監督などを経て2020年春にコーチとして母校に戻り、22年春から1年間、監督として指揮を執り再びコーチに。現在は主に投手を指導している。「昭和の時代にはこうやりなさいとか、それ以外のことをやったら何で守れないんだと言われましたが、今はそうではない。選手にヒントを与えて、アンサーはそれぞれが出していく」。選手がラインで送ってきたフォームの動画に応え、投手、捕手で交換するバッテリー日誌で考えを伝える。「赤ペン先生です」と笑った。
自主性を重んじる指導が躍進につながった。エース左腕の石戸颯汰(2年)投手には中学時代から注目。176センチ、64キロの上体を折り曲げてから右足を高々と上げて真上からリリース。最速120キロながら緩急をつけた投球で打者をほんろうするが、独特なフォームに手を加えたことはないという。「彼の場合は100球投げても150球投げても肩、肘が張らないんです。体全体を使っても下半身主体ですから」。その言葉通り、昨秋の関東大会では準々決勝のつくば秀英戦で156球を投げて4安打完封。準決勝の横浜戦では敗れはしたが134球を投げて8回3失点と全国屈指の打線を幻惑した。石戸も「一つ一つのボールの精度であったり、ピンチでも平常心でいられて、ベストパフォーマンスできるというところは負けません」と言葉を強めた。
甲子園では健大高崎・石垣、横浜の織田、奥村、東洋大姫路・阪下ら本格派の好投手が注目されるが、変速左腕の石戸がどこまで立ち向かえるか。「140キロ、150キロの投手となると何人も作れないでしょうが124、5キロだったら…。どこの高校も勇気、希望を持てるのでは。石戸が全国でどこまで通用するか見てみたいですね」と小原沢コーチ。自身が高校では踏めなかった聖地のマウンドで教え子が躍動する姿をイメージしながら、春を待つ。(秋本 正己)