安堂ホセさん(31)が、「DTOPIA(デートピア)」(1760円、河出書房新社)で第172回芥川賞(2024年下半期、日本文学振興会主催)を受賞した。22年にデビュー後、3作連続芥川賞の候補入りし同賞を射止めた安堂さんは「『デートピア』という小説を信じていた」と話した。(瀬戸 花音)
3回目の候補入りだった今回、安堂さんは一人でその時を待った。皇居近くの広場のベンチで待ち、寒くなってきたので場所をカフェに移した。気づけばアマゾンプライムで2時間以上ある映画「眠りの地」を見終わり、飲み物のグラスも空になっていた。バーに移動し、お酒を注文した直後、電話が鳴った。
「夢みたい、とはちょっと違いましたね。多分、落ちていたほうが夢みたいだったと思います。それぐらい、何か持ってる小説だなと思っていましたし、『デートピア』という小説を信じていたんだと思います」
受賞作は恋愛リアリティーショーを入り口に、参加者「おまえ」の過去をたどる。人種やセクシュアリティー、暴力、さまざまな問題が渦巻く。安堂さんは「小説が壊れるぐらいのことを期待していた」と、この小説に多くのものを詰め込んだという。
「書いている時は、23年の10月に、イスラエルの侵攻が始まったりとか、自分にとっても現実のいろんなことがあって。小説の中の限定された世界で、完成度を上げてくっていうことが、どうでもよく思えた時期でした。いろんなものを無理やり詰め込んで、半分壊れたりして、それでも、時間がたったら、2024年はこういう時代だったんだなって、思ってもらうのも全然アリなのかなって」
詰め込まれたテーマ全てを包み込みながら、物語の世界はどんどんと広がっていく。結果として、デビュー作「ジャクソンひとり」や2作目「迷彩色の男」よりもスケールが大きい小説が出来上がった。
「マイノリティーの人から見た世界のルールみたいなのが、自分の中で揺らぎなくしっかり書けるようになってきて、それを一人の人に託すという形でなくても小説が回っていくようになりました。だから自然に登場人物も多様になって、世界はめちゃくちゃ広がりました」
書き終わった時、「すごい明るい気持ちになった」という。「この物語は、誰に何を言われても、あっけらかんとしているような、性格に見えました。だから、『この子は大丈夫』というような印象を持ったことを覚えています」
そこには、自身の心境の変化も反映されている。デビューから2年が経過。「失敗が怖くなくなったんだと思います」という言葉には単なる自信とは少し違う、安堂さんの温かい心が垣間見えた。「作家の仲間の中には繊細で気を使いがちで、見ていてすごく心配になる人もいる。編集者との相性とかで、何を書いてもダメになっちゃうとか…。『とにかく自分を大事にして』とかすごく思うようになりました。だから、自分ができる失敗とか、ルールをはみ出す感じとかは、そういう悩んでる仲間にも見せられればいいと思ったんです」
以前の取材で安堂さんが芸術家にとっての「テーマ」についての例えとして、「光の画家」とも呼ばれる英国のターナーを挙げていた。写実的なターナーの絵は次第に抽象的な空と海の世界に変わっていく。安堂さんにとって、ターナーの海のように最後に残る存在は今、見つかっているのだろうか。
「なんでしょう。友人には『3作ともボディーホラーだよね』って言われて。それは自分にとっては盲点だった気づきでした。もしかしたら、そういうことが残っていくのかもしれないし。でもそれこそ、海とか大きな景色を書くのもすごく楽しいし、今は人間に目を向ける時期ってのも分かる。だから、焦らず、焦らずに作品を書いて、増やしていきたいなと思います」
受賞会見から少しだけ、時が過ぎた。世間から芥川賞作家と呼ばれることをどう感じているのだろうか。「まだまだ分からないという感じです」と率直な感想の後、「でも、デートピアは多分それに負けない小説になったと思う」と答えた瞳は揺るぎなかった。安堂さんの描く世界はこれからも広がり続ける。
◆安堂 ホセ(あんどう・ほせ)1994年、東京都生まれ。31歳。2022年、「ジャクソンひとり」で第59回文芸賞を受賞しデビュー。同作が第168回芥川賞候補となる。23年、2作目「迷彩色の男」で第45回野間文芸新人賞候補、第170回芥川賞候補に。25年、「DTOPIA」で第172回芥川賞を受賞。
【安堂ホセさんが選ぶおすすめ」
◆人類の深奥に秘められた記憶(著者・モアメド・ムブガル・サール、訳・野崎歓、3630円、集英社)
2021年の仏文学賞、ゴンクール賞受賞作です。すごく面白くて、読んでいて、元気が出ます。ふてぶてしさですね。話とか書いてあることとかよりも、どの登場人物もすごい好き勝手にふてぶてしい感じがすごくいいなと思っています。