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賃上げの波、中小企業や非正規労働に届かず 大手の「満額回答」とギャップ色濃く

ITmedia ビジネスオンライン 2024年4月25日 7時0分

 今年の賃金を左右する春闘が、大幅な賃上げでスタートした。

 大企業の集中回答日となった3月13日。労働組合の中央組織である連合の第1回回答集計では賃上げ率5.28%(加重平均)と、1991年以来33年ぶりとなる5%を超えた。

 第2回集計(3月21日、1466組合)でも、大幅賃上げとなった昨年同時期を1.49ポイント上回る5.25%と高い賃上げ率を維持している。

 驚くのは労働組合の要求に満額回答ないし要求額以上の回答を出している企業が多いことだ。自動車、電機、鉄鋼など製造業の5つの産業別労働組合で構成する金属労協の3月13日の集計によると、48組合のうち、定期昇給を含まないベースアップの平均は1万4877円だった。そのうち87.5%の組合が要求額以上の回答を得ている。

 電機産業の産別組合の電機連合では、日立製作所、三菱電機、NEC、富士通など主要企業の11組合が満額回答を得ている。また鉄鋼大手では、日本製鉄が労組の要求額を超える3万5000円のベースアップを回答したほか、JFEスチールと神戸製鋼も労組の要求が3万円に対して満額で答えている。

 自動車メーカーでも日産自動車、ホンダ、マツダはすでに2月の段階で満額回答を得ており、トヨタ自動車も同様だ。経営側が満額回答ないし要求額以上の回答を出してきたとしたら、労働組合としてなぜもっと高い金額を要求しなかったのか不思議ではある。

 いずれにしてもメディアでは歴史的な賃上げと騒いでいるが、必ずしもそうとは言えない。

●賃上げの波、中小企業に届かず 実態は?

 中小企業の労組などでつくる国民春闘共闘委員会が3月15日に発表した、3月13日時点の第1回賃上げ集計結果(228組合)によると、賃上げ率は2.52%(加重平均)、金額にして7477円だった。

 率・金額ともに前年同期を上回っているが、連合の5.28%とは大きな開きがある。同じ賃上げでも大手企業と中小企業の格差は大きい。

 では非正規労働者はどうか。イオングループなど大手小売業が加盟する産業別労働組合のUAゼンセンは、短時間組合員の定昇など制度昇給分を含めて時間給で6%基準、額にして70円を目安に引き上げを要求していた。

 3月22日時点の126組合の妥結状況では加重平均で6.41%、70.3円の引き上げとなり、昨年同時点の5.84%を上回っている。一方、国民春闘共闘委員会の時給制(105件)の単純平均は41.4円の賃上げだった。昨年よりも上がったとはいえ、昨年の地域別最低賃金の引き上げ額の43円には届かない額である。

●労働組合がない企業は蚊帳の外?

 そして、大幅な賃上げや昨年を上回ったといっても、大前提として、賃上げは労働組合がある企業に限定された話にすぎないということだ。日本の労働組合の組織率は16.3%と低下傾向にある。しかも1000人以上の企業の組織率が約40%を占めるのに対し、中小企業は1%程度にすぎない。

 また、非正規労働者は雇用者数の約37%を占めるが、パート労働者の組織率は8.4%にとどまる。

 労働組合がなければ組織的な賃上げ交渉はもちろんない。特に厳しいのが、非正規労働者だ。非正規労働者の多くは労組のない企業に勤務し、労組があっても正社員組合から排除されている人も多い。そうした非正規労働者が個人で加盟する個人加盟ユニオンの23労組でつくる「非正規春闘2024実行委員会」が発足し、賃上げに取り組んでいる。

 全体で組合員約3万人が参加し、賃上げ率「10%以上」を統一要求に掲げ、個々の労組が勤務する120社に対して1月末から2月下旬にかけて要求書を提出し、交渉を開始している。業種は幅広く、小売業をはじめ飲食、語学学校、学校法人、コールセンター、物流、製造、介護など多岐にわたり、企業規模も大企業から中小零細企業まである。

 しかし、状況は厳しい。実行委員会が3月上旬に実施したインターネット調査(回答数264件)によると、8割以上の非正規労働者が「今年1月以降に賃金の引き上げはされておらず、その予定も伝えられていない」と回答している。

 一方、「今年1月から現在までの間に賃金が引き上げられた」「今後の賃金引き上げの予定を伝えられた」と回答したのは15%にとどまっている。大企業の大幅賃上げの裏で多くの非正規がインフレを下回る低賃金を余儀なくされている。

 また、実行委員会の各労組は1月末から2月下旬にかけて要求書を提出し、交渉を開始したが、一次回答はゼロ回答ないし低額回答も多かったという。納得のいく賃上げではないとして、15社に対して組合員約500人が3月下旬にかけてストを決行、今も交渉が続いている。

 今年、賃金が上がるかどうかは、これから本格化する中小企業の労使の交渉をはじめ、中小企業の動向だろう。日本・東京商工会議所が2月14日に公表した「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」(参考リンク:PDF)集計結果によると、2024年度の賃上げについて「賃上げを実施予定」と回答した割合は61.3%と、6割を超えている。現時点では未定と答えた企業も34.7%もある。賃上げ実施予定の企業は23年度の同時期の調査の58.2%から3.1ポイント増加した。

 ただし、賃上げ実施予定企業のうち「業績の改善が見られないが賃上げを実施予定」(防衛的な賃上げ)が60.3%を占めている。一方、「業績が好調・改善しているため賃上げを実施予定」(前向きな賃上げ)は39.7%にとどまっている。

 従業員規模別では、賃上げ実施予定企業は301人以上が65.9%と最も多く、11~100人が62.6%、6~10人が50.3%、5人以下が32.7%と、規模が小さい企業ほど低い割合となっている。

 賃上げ実施予定企業のうち、賃上げ率の見通しについては「3%以上」とする企業が36.6%に達し、昨年同時期の33.5%から3.1ポイント増加している。中身を見ると、5%以上上げる企業の割合が10.0%、4%以上5%未満が9.3%、3%以上4%未満が17.3%となっている。

 また、賃上げの内容については定期昇給と回答した企業が70.4%、ベースアップが49.1%にとどまっている。

 賃上げ率3%以下では物価上昇率を下回り、生活は苦しいままだ。少なくとも物価を上回る実質賃金をプラスにするには4%以上の賃上げが期待されるが、この時点では渋い結果になっている。

 大企業の大幅賃上げはスタートにすぎない。国民の大多数を占める中小企業の社員や非正規労働者の生活が少しでも楽になる賃上げが実現するのか。本当の正念場は4月以降の動向にかかっている。

●著者プロフィール

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。

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