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海賊版サイトに過去最大級の賠償額 それでもユーザーは「負荷」の低いものを選び続ける 出版社の解決策は?

ITmedia ビジネスオンライン 2024年4月26日 14時45分

 2024年4月、ある海賊版サイトに漫画を無断掲載されたとして、出版大手が損害賠償を求めた訴訟の判決が下った。海賊版コンテンツの被害をめぐる訴訟としては、過去最大規模の賠償額が命じられた。

 海賊版サイトの取り締まりは今もなお「いたちごっこ」が続いている。こうした市場環境で、漫画家や出版社といったコンテンツホルダーはどのように作品を守り、収益を確保できるだろうか。

●“狙われやすかった”漫画

 日本の漫画市場は2010年以降のスマートフォンの普及、2015年以降の電子書籍の普及によって新たな収益源を確立しつつある。出版科学研究所の調査によると、日本のマンガ/コミックの市場規模は成長を続け、2021年に6000億円を超えた。

 漫画市場の成長を脅かす大きな問題が、海賊版サイトによる著作権侵害である。映像業界団体「コンテンツ海外流通促進機構(CODA)」が2023年に発表した調査結果によると、日米中ブラジルなど6カ国における海賊版の被害額は1兆9500億円~2兆2020億円、出版に限っても3952億円~8311億円と巨額だ。

 なお、海賊版の被害は今に始まった話ではない。コンテンツと称されるものが世に現れる時、必ず違法コピー・海賊版は発生するといってよい。海外に展開する放送番組や漫画の違法コピーの歴史は古く、昭和の時代から存在した。

 インターネットや画像編集ソフトの普及や違法ファイル共有ソフトの出現により、2000年前後から海賊版へアクセスするハードルは大幅に下がった。その中でも漫画コンテンツは多くの人気作品が存在し、比較的ファイルサイズが小さく当時のPCのスペックでも取り扱いやすかったことから、特に狙われることになる。

 出版社に限らず、全てのビジネスシーンで紙から電子への移行が不完全であった時代だ。“電子化された漫画”に関する著作権の管理は困難だったと推察できる。

 そうした時代から、携帯向け電子コミックサービスが生まれ、携帯電話からスマートフォンへの移行が進み、そしてスマートフォン向け電子コミックが普及し――と、20年の歳月をかけて、現在の漫画市場が形成されている。

 時代と共にデジタル化が進み便利になっていくのと並行して、「海賊版」も時代に合わせて形を変え、先述したような巨大な規模に肥大している。

●文化庁も動く

 こうした状況に対して、日本の官公庁も対応を急いでいる。文化庁は著作権保護の推進に努め、海賊版対策事業や権利執行の強化・普及啓発活動などを通じて著作権侵害の抑制を図っている。

 同庁は国際的なルール制定にも参画しており、アジア太平洋地域における著作権制度の整備支援などを行っている。日本の漫画を含むコンテンツの国際的保護に向け、WIPO(世界知的所有権機関)と連携し、著作権制度の普及や著作権侵害に対する取り締まりの強化を支援している。

●Netflixの戦い方

 前述した国際的な著作権侵害対応は官公庁や国際機関でなければ難しい。では、民間企業ができることはなにか。冒頭で紹介した海賊版サイトへの訴訟を継続することは一つの抑止方法だろう。その他にはどのような打ち手があるのか。

 一つの考え方として、より利便性の高い形でのコンテンツ提供がある。先行事例が米国のオンラインストリーミングサービスである。例えばNetflixは合法で便利なプラットフォームを提供することで、海賊版サイトから客を奪うことを目標に掲げている。その結果2億6000万人を超える会員を獲得し、海賊版サイトのユーザーを一定数減少させたと見られている。

 同様の効果は日本の漫画の電子書籍化でも一定生じていると考えられる。2010年代半ば以降、大手電子書籍プラットフォームに加え、出版各社がそれぞれ電子漫画アプリを相次いでリリースしていった。また、先の連載で紹介した海外製のwebtoonアプリもユーザー数を伸ばしており、「スマートフォンで漫画を読む」という行為は一般に広く受け入れられていった。

●「負荷」が低いものが選ばれる

 本屋やコンビニで漫画雑誌を手に取っていた時代からスマホアプリで読む人が増えたり、単行本は紙から電子書籍を購入する人が増えたりと、消費形態はより利便性が高い方法に移っていった。

 ここで「利便性」という言葉に注目したい。そもそも利便性の高いコンテンツ提供とは何だろうか。本稿では「そのコンテンツを楽しむ時、消費者が感じる負荷が低い状態」と定義したい。

 例えば下図の例のように、コンテンツ消費に必要となる要素を「場所」「動作」「情報提供」「所要時間」「価格帯」などに分解し、それぞれの軸でユーザー負荷を評価し、合算する考え方を想定する。

 Netflixを例に取ると、場所の制限がなく・(レコメンドが優れていれば)閲覧という動作のみでよく・決済情報登録は初回のみで・所要時間は長いが・価格帯は安い、となる。当初の対抗コンテンツであった映画館での鑑賞やレンタルショップと比較すると場所指定・視聴・価格帯などで負荷が低く、また海賊版サイトと比較しても価格帯以外は大差がないといえる。

 つまり海賊版サイトを閲覧する手間やリスクと、公式サービスを利用する価格の比較と考えることができる。これで価格の負荷がリスクの負荷を下回れば、海賊版サイトは使われなくなるといえる。

 電子書籍でも同様のことがいえる。初回の各種情報提供さえ完了すれば、あとは海賊版サイトのリスクと価格の比較に落とし込むことができる。

 先の訴訟の度重なる報道や、官公庁による啓蒙(けいもう)活動によって、海賊版サイトの使用がハイリスクであることが浸透すれば(違法のため当然ではあるのだが)、「金銭を支払う負荷」を「リスクを取る負荷」が上回り、結果として公式のチャネルが選ばれるようになるはずだ。

 ただ、先行事例のNetflixを始めとしたオンラインストリーミングサービスにおいて昨今風向きが変わっている。海賊版サイトの利用が再び増え始めたとの調査結果が出たのだ。

 原因として考えられるのが、ストリーミングサービスによる値上げと、強制的な広告視聴の導入・増加である。先の図にのっとると、価格帯が上がれば当然負荷は上がり、そして動画視聴に広告視聴が必須となれば更にユーザー負荷は増す。

 ストリーミングサービスを利用する上での負荷が増大することで、海賊版サイトの方が低負荷と感じる層が増え始めたとも考えられる。特に価格については、例えば同じ1000円であっても値下げした1000円と値上げした1000円では負荷の感じ方が異なるため、コントロールが難しい要素でもある。

●出版社に出来ることは?

 オンラインストリーミングサービスにおいては、事業者がサービス維持・収益拡大に向けて行った値上げと広告導入が、ユーザー離れと海賊版サイトの利用を促進している可能性がある。

 では電子漫画が同じ轍(てつ)を踏まないためには何が必要だろうか。価格だけ見れば、漫画の単行本は1990年代と比較して40~50%程度値上がりしており、負荷の増大は免れない。提供側もそれを考慮し、また新たな顧客獲得・消費につなげるべく、下記のような「電子版ならでは」の取り組みを行っている。

・自社漫画アプリでの1話売り(雑誌掲載時の1話単位で販売)

・自社漫画アプリでの複数雑誌定期購読

・電子書籍プラットフォームでのポイント増量キャンペーン

・過去作品の再編集(ストーリー上の区切りで再構成)

・過去作品のカラー版の作成・販売

 特にポイント増量キャンペーンは近年の人気作品も含めて30~50%分のポイントといった高還元率になることも多く、定期的にSNSなどでも話題に上っている。また現状の取り組みを見るに、(1)ライトユーザーへの低価格での提供、(2)雑誌派への複数雑誌定期購読の提供、(3)単行本派へのポイントキャンペーン・付加価値提供および買い直し需要の喚起、と一通りの施策は打っているように見える。

 おそらく、ユーザー負荷を軽減させる方向の、短期的に可能な取り組みは一通りやりきっているのではないか。

 長期の目線で考えると、日本の出版社横断での定期購読(web・アプリ)や、過去作品の提供プラットフォーム構築などが考えられる。もともと消費者目線では「本屋」という共通プラットフォームでそれぞれの嗜好に合う漫画を手に取っていたわけであり、出版社単位で(もしくは雑誌単位で)サービスが分かれていることは、それだけで負荷となる。

 もっとも、消費者からするとすでに利用している電子書籍プラットフォームと並行する形になるためハレーションが生じる。ただ、海外プラットフォーマーに売り上げの相当分が流れている状況は改善するべきだ。

●海賊版vs.業界全体の戦い

 消費者がコンテンツを楽しむために支払った対価が、日本の出版社および漫画家・クリエイターに届かなければ、持続的な成長は難しい。海賊版への対策、ユーザー負荷の軽減、漫画家およびクリエイターへの対価。今後の出版社にはこれらのバランスを保ちつつ、自社の利益も確保し市場を成長させるという難しい舵取りが求められる。

 本稿では今なお続く海賊版サイトの話題を導入とし、電子漫画における出版社とユーザーのあるべき関係性について考察した。漫画はいまやエンターテインメントの一つではなく、日本の文化でありアイデンティティーである。

 一方で、本稿に記載した障害や難点は多く残っている。また、映画や音楽と比較して、日常的にはオンラインサービスを利用し、非日常的な体験を求めてオフライン(ライブ・映画館)を楽しむといった拡張性が小さいという課題を持つ。

 漫画業界が継続的に成長し、文化を次世代に継承していくためには、本稿で見てきた課題の解決が求められる。そのためには、漫画家やクリエイター、出版社、ユーザーが協力し合い、業界全体で革新的な取り組みを行う必要があるといえる。

●著者プロフィール:滑 健作(なめら けんさく) 

 株式会社野村総合研究所にて情報通信産業・サービス産業・コンテンツ産業を対象とした事業戦略・マーケティング戦略立案および実行支援に従事。

 またプロスポーツ・漫画・アニメ・ゲーム・映画など各種エンタテイメント産業に関する講演実績を持つ。

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