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スーパー再編の大一番 首都圏を勝ち取るのはイオンか、セブンか それぞれの勝ち筋とは

ITmedia ビジネスオンライン 2024年5月7日 8時0分

 上場している小売企業の決算期は2月が多いので、小売ウォッチャーにとって毎年4月は各社の決算発表を追いかける季節。今年はビッグネームの再編に関するニュースが飛び込んできて、個人的には興味津々の春となった。

 セブン&アイホールディングスのイトーヨーカ堂が、北海道、東北、信州などからの撤退を決めたという報道に続き、上場によるグループからの切り離しの方向性を発表した。また、ウォルマートに買収された後、大半の株式が不動産ファンドに譲渡されていた西友が、北海道、九州事業の売却を発表したというのも業界にとっては大きな関心事である。

 ともにスーパー業界の創成期からの老舗銘柄である両社のニュースは、業界の勢力図が再び大きく変動することを予感させる。まずは、スーパー業界の現状をあらためて説明しよう。

●最新版、スーパー業界の勢力図

 図表1は主要スーパーの営業収益(2022年度)を比較したものだ。イオンの総合スーパー事業、食品スーパー事業(ディスカウントストア事業を含む)が1~2位合わせて6.3兆円弱。3位のセブン&アイ(スーパーストア事業、以下SST)は1.7兆円、4位のライフは7654億円で、圧倒的なトップシェアであることが分かる。

 しかし、店舗展開エリアをみると分かるが、スーパーには地域性がある。そのため、地域毎で見ていくと、イオンのシェアは高いものの必ずしも「勝負あった」というわけでもない。

●イオンVS.地域有力企業の合従軍

 図表2は左にイオングループのスーパー、右側に競合の有力スーパーを地域ごとに並べたものだ。どこでもイオンが存在していて、「イオンVS.地域有力企業」という構図になっていることが分かるだろう。なお、イオンの総合スーパーで地域子会社を組成している北海道、東北、九州以外は、地域別売り上げが不明であるため、店舗平均売り上げ×店舗数で仮推計値を目安とした。

 今回、イオンが西友事業を買収する北海道を見てみよう。イオンがトップながら、コープさっぽろ、アークスといった地場有力企業が僅差で追う形となっている。今回、西友の売上規模は270億円だが、これは「イオンがライバルである地場有力企業を引き離す」ためのM&Aだったようだ。

 そもそも、アークスというスーパーは、北海道で存在感を強めるイオンに対抗するため、地場食品スーパーが経営統合したグループ。東北、北関東にも賛同者を増やして、全社で5500億円超の巨大スーパー連合を形成している。イオンが次々にM&Aで勢力拡大を進めていくと、対抗して地域企業同士の再編も進行する、というのがスーパー業界における標準パターンなのだ。

 他の地域でも、バロー(中部地方)は中小スーパーの買収を数多く進めているし、リテールパートナーズ(中国、九州)も地場スーパー連合体といえる。さらに、この3社は数年前に新日本スーパーマーケット同盟という提携関係を構築している同志だ。これこそ対イオン「同盟」であり、業界の基本的構図なのである。例えるなら、漫画『キングダム』の合従軍(最強の秦に対して諸国が同盟して対抗)といえるだろう。

●イオンに対し、九州で一矢報いたイズミ

 九州においては、イオンにとって逆の展開が起きた。ゆめタウンなどの大型商業施設を運営してイオンに対抗してきたイズミが、西友の九州事業970億円を取得。これによりイオンを一気に追い上げることになる。

 イズミは、広島から中四国、九州に広域展開して、イオンと競り合ってきた。しかし、中四国において大型M&Aを展開するイオンの存在感は、急速に増してきている。ここ10年ほどの間に、域内の有力スーパーであるマルナカ、フジなどを傘下に加えた。8000億円規模の新生フジを作り上げたイオンは、地元のイズミを一気に引き離した。九州では西友を買収し一矢報いたイズミが、攻勢を強めるイオンにどのように対抗していくか、さらなる再編もありうる局面が注目されている。

●1兆2000億円の事業基盤を構築したイオン

 こうして、ジリジリと全国でシェア拡大を続けるイオンが、最も力を入れているのが首都圏である。国内の人口のおよそ3分の1を占め、人口減少というこの国の最重要課題を人口流入によって最後まで先送ることができる首都圏こそ、スーパーの主戦場だからだ。

 イオンは現在、本社を千葉市幕張に置いている。だが、元々は三重県四日市発祥の企業であり、かつて関東以東は手薄なエリアだった。しかし、2000年代以降の流通大再編期において勝ち組となったイオンは、マイカルやダイエーなどを傘下に入れることで相応の地盤を確保。それでも首都圏における存在感は、圧倒的トップシェアといえるものではなかった。

 近年では、マルエツ、カスミという関東の大手スーパーを軸にユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(以下、USMH)という売り上げ7000億円クラスのスーパーを組成。今年からはUSMHにいなげやも参加するため、売り上げ1兆円という国内最大級の食品スーパーとなる。

 また、2005年から独自で開発した都心型ミニスーパー「まいばすけっと」も売り上げ2000億円を超えている。イオンは食品スーパーだけでも1兆2000億円以上の新たな事業基盤を構築したのだ。

●スーパーの主戦場、首都圏の今後は?

 スーパーの主戦場である首都圏の争奪戦は、これからさらに本格化するだろう。なぜなら、西友本体の争奪戦が始まるからである。

 西友は長らく業績を開示せず、水面下で再建を進めているようなイメージだった。2023年2月期については、売り上げ6647億円、経常利益270億円(経常利益率4%)と報じられており、再建にメドがついたとしていた。西友の85%株主が不動産ファンドである以上、西友の分割または一括売却が始まるということを意味しており、その後、北海道、九州売却の報道に至る。ファンドにとって投資先の業績改善とは「売り時が来た」を意味するからだ。

 会社は「これ以上の分割譲渡は考えていない」とコメントしていたが、これは現時点の話だろうし、分割せずに全部売却を否定してもいない。今残った西友の売上規模は約5400億円。その多くが3大都市圏にあり、中でも首都圏がかなりを占めている。この西友が誰につくかで、業界勢力図はかなり変動することになる。

●「まいばすけっと」が画期的なワケ

 首都圏の争奪戦において、USMHという1兆円スーパーが注目されるイオンだが、まいばすけっとを成立させたことこそ、業界史に残る実績かもしれない。ほぼ東京23区と京浜間にしかないコンビニサイズの店だが、スーパーとして必要最低限の商品を備え、価格も安いため徐々に浸透。今では1000店舗以上に拡大している。

 まいばすけっとが一般的な食品スーパーと違うのは、商品を流通加工するバックヤードを持っていない点だ。商品はセンターで加工後に配送され、店舗は陳列するだけ、という仕組みで運営されている。そのため、まいばすけっとは少ない店舗人員での運営が可能となり、店舗当たりの売り上げは2.1億円なのに黒字、というローコストオペレーションを実現している。これは労働集約的な食品スーパーにとっては画期的なことであり、今後の首都圏争奪戦を勝ち抜くための重要なノウハウなのだ。

●まいばすけっとに挑むセブン&アイ

 首都圏の人口密集地に出店する場合の課題は、「相応の広さの場所がない」「場所があっても地代が高い」の2点。バックヤードをほとんど持たないまいばすけっとのようなタイプなら、売場当たりの地代を下げることができる。損益分岐点を下げることで、出店余地を拡大することも可能だ。

 狭小なのに地代が高い首都圏では、大量出店するためにセンター型オペレーションと物流網を構築するノウハウと資金力が必要となる、ということを最初に実証したのは最大手イオンでありまいばすけっとだった。そして、このまいばすけっとに挑戦しようとしているのが、もう1つの大手セブン&アイである。

 しかし、SSTの主力であるイトーヨーカ堂は、つい先だって、北海道、東北、長野など地方からの撤退を表明したばかり。その競争力について疑問視する方も多いかもしれない。

 イトーヨーカ堂は、(1)首都圏特化≒不採算店閉鎖、(2)食品特化≒不採算部門閉鎖、(3)戦略投資インフラ(プロセスセンター、セントラルキッチン)稼働による生産性向上、(4)ヨークベニマルのセンター運営ノウハウを注入、などを実施中である。これが完了すれば、SSTは国内最大かつ相応の収益力をもった食品スーパーとして復活する可能性は十分ある。

 少なくとも、SSTの1.4兆円規模の売り上げは、いなげやが加入したUSMHよりもさらに大きい。加えて先日、セブン&アイは、SST事業との連携を前提としつつも、上場によってグループから独立させる方向性を明らかにした。この方針に市場や関係者は冷淡な反応だったのだが、筆者はこれがSST復活の契機となるかもしれないと考えている。

 セブンSSTは、首都圏小型店を展開するために必要な経営資源である首都圏に特化した店舗網を持ち、加工センターやセントラルキッチンを稼働させている。また、国内屈指の優良食品スーパーでセンター運営に定評がある、ヨークベニマルのノウハウもある。ちなみに、PBセブンプレミアムの生みの親は、ヨークベニマルの大高会長であることは業界では有名な話だ。

 コンビニ主導のセブン&アイから距離を置きつつも、セブン&アイのインフラと連携した施策を、独自の経営判断で実施できるというのであれば、SSTは首都圏争奪戦の有力なプレイヤーとして復活する可能性がある。

 スーパー業界再編の最終決戦ともいえる、首都圏争奪戦はこれから本格化する。この20年ほどは、郊外を中心にヤオコー、ベルクなどの埼玉県勢と、オーケー、ロピアなどのディスカウント系スーパーが席捲してきたという印象が強い。

 ただ、インフレへの転換、人件費、エネルギーコストの高騰という環境変化の中で、スーパーのオペレーションの主流は、これまで以上に規模の利益が働く、新たなモデルへと変わろうとしている。USMHを作り上げたイオンに加えて、セブンSSTが本格参戦するのなら、首都圏争奪戦は勝者を予想しがたい乱戦となるかもしれない。

著者プロフィール

中井彰人(なかい あきひと)

メガバンク調査部門の流通アナリストとして12年、現在は中小企業診断士として独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。

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