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サウナーの次はアワラー? 「人工炭酸泉」がじわじわ広がる、3つの理由

ITmedia ビジネスオンライン 2024年6月19日 6時15分

 私事で恐縮だが、持病のヘルニアなど脊髄の病気のため、かれこれ30年ほど温泉・入浴施設に毎週通っている。仕事が終われば都内のスーパー銭湯へ向かい、出張先でも現地の日帰り温泉を探して、これまでざっと200以上の温泉・入浴施設を利用してきた。

 そんな感じで長いこと温泉・入浴施設に通い詰めていて良いことは、「トレンドの変化」を文字通り肌で感じられることだ。

 例えば分かりやすいのは近年のサウナブームだ。30年前、サウナといえば人気バラエティ番組『ドリフ大爆笑』(フジテレビ系)のコントに出てくるように、飲みすぎたサラリーマンが酒を抜きにくる場所だった。

 しかしある時、一部施設で「ロウリュウ」(フィンランド式サウナの入浴方法)や「熱波師」なんて言葉が踊るポスターが並び始めて「客層が変わったな」と思っていたら、あれよあれよと「サウナー」という言葉がメディアをにぎわすようになり、サウナハットをかぶった人々がサウナ室に列をなすようになった。

 実は最近この「サウナブーム前夜」の時と同じような「トレンドの変化」を感じている。それは「人工炭酸泉」だ。

●「ラムネ湯」とも言われる「人工炭酸泉」

 ご存じの方も多いだろうが、人工炭酸泉とは特殊な装置を用いて、炭酸ガス(二酸化炭素)をお湯に溶け込ませたものだ。シュワシュワと細かい気泡があることから「ラムネ湯」なんて言われることもある。この10年ほどで普及してスーパー銭湯や日帰り温泉施設はもちろん、近年はビジネスホテルやゴルフ場の大浴場などにまで導入されている。

 では、そんな人工炭酸泉にどんな変化が起きているのかというと、「やたらと混んでいる」のだ。

 これまでいろんな温泉・入浴施設に足を運んでいて「混んでいるな」と感じる人気の風呂は、「◯◯の湯」などの施設名にもなっているような「温泉成分が含まれている風呂」だった。いわゆる「源泉かけ流し」や「循環式温泉」というものだ。

 人工炭酸泉は勢いよく空気が飛び出す「マッサージ風呂」や「ジェットバス」のような扱いで、それほど混み合っていなかった。もちろん、2000年に日本で初めて「高濃度炭酸泉」を導入したと言われている温泉施設チェーン「竜泉寺の湯」(オーランドグループ)のような施設では「目玉」扱いで混み合っているが、他の温泉・入浴施設ではそれほど混んではいなかった。

 先週末も神奈川県の某温泉施設に行ったら、人工炭酸泉は“芋洗い状態”だった。人が出るとすぐに新しい人が入るほど大人気で、施設名でもある「源泉掛け流し風呂」より混んでいる時もあったほどだ。

 このままじわじわと人気が高まっていけば、そう遠くない未来、サウナと同じように人工炭酸泉も大ブレークするのではないか。つまり、「サウナー」ならぬ「アワラー」なんて熱狂的な人工炭酸泉ファンが生まれて、個性的な人工炭酸泉施設などもつくられ、地域を活性化させたり、経済波及効果をもたらしたりするかもしれない。

 ……という主張をすると「それってあなたの感想ですよね」という冷めた意見が聞こえてきそうだが、これは全く根拠のない話でもない。

●全国温泉ランキング上位を見ると……

 ニフティライフスタイルが2023年12月に発表した「ニフティ温泉 年間ランキング2023」の全国総合ランキング上位を見てみよう。トップは4年連続1位に輝く埼玉県の「美楽温泉 SPA-HERBS」で、ここの目玉は「ナノ炭酸泉」と「小さな気泡が大量に包まれている」というシルクの湯だ。

 ちなみに2位は先ほども触れた「高濃度炭酸泉」のパイオニアである「竜泉寺の湯」の草加谷塚店。こちらは、浴槽の中で照明の演出がある「ほたるの炭酸泉」が人気だ。

 つまり、かつては「やっぱり源泉掛け流しだよな」なんて言われていた温泉・入浴施設の世界では今や、人工炭酸泉がエース級の位置付けに変わってきている事実があるのだ。

 さて、そこで皆さんが気になるのは、なぜここにきて人工炭酸泉の人気が高まってきているのかということだろう。いろいろな意見があるだろうが、筆者は3つの要素が影響していると考えている。

 (1)「炭酸水人気」による“健康的イメージ”

 (2)「アスリートの重炭酸温浴法」への注目

 (3)「サウナで整えない」高齢者の増加

 まず、(1)の説明はいらないだろう。日本は2000年代に入ってから「無糖炭酸水」の人気がずっと続いている。「強炭酸」のほかフレーバー系の炭酸水も充実して、大きな市場に成長している。

●なぜ炭酸水人気が定着したのか

 ここまで炭酸水の人気が定着した要因の1つに、健康志向があると言われている。コーラなどの糖類や化合物の入った炭酸飲料とは異なり、無糖炭酸水は「体に良い」イメージが強く、これまでビールやチューハイで晩酌をしていた人が健康を気にして炭酸水に切り替えたなんて話はよく聞く。

 このような炭酸水の健康イメージが、人工炭酸泉人気に一役買っているのは間違いないだろう。シュワシュワと気泡の立つあのビジュアルは、どう見ても「炭酸水風呂」だからだ。

 実際、どこかの温泉・入浴施設に行って人工炭酸泉に入ってみるといい。必ずといっていいほど大きな説明看板で「健康効果」がうたわれている。「炭酸ガスが皮膚の毛穴から吸収されると血管拡張し、血流が改善します」とか「心臓への負担が減ることから古来から欧州では“心臓の湯”として親しまれてきました」など人間ドックに引っかかるような中高年にササる魅力的なフレーズが並んでいる。

 あくまで筆者の実地調査に過ぎないが、このような「健康効果」を真剣な表情で読んでいる人ほど、じっくりと長湯をする傾向が強い。つまり、素人目に見れば「源泉掛け流しの温泉」より、人工炭酸泉のほうが「健康効果」がありそうに感じるのだ。

 このような一般消費者の「なんとなく体に良さそう」というユルい健康志向に加えて、食事や睡眠などに気を使う“意識の高い系”も人工炭酸泉にポジティブなイメージを抱いている。それが(2)の「『アスリートの重炭酸温浴法』への注目」だ。

 「重炭酸温浴法」はホットアルバム炭酸泉タブレット社(東京都八王子市)が開発した入浴法で、同社の「HOTTAB」という入浴剤を入れた「重炭酸湯」に15分以上ゆったりと入るというものだ。メジャーリーグのサンディエゴ・パドレスに所属するダルビッシュ有投手も2019年から実践していて注目を浴びている。

●「人工炭酸泉」人気が高まっている最大の理由

 この重炭酸温浴法と全国の温泉・入浴施設にある人工炭酸泉は、厳密には同じものではない。同社の公式Webサイトによれば、重炭酸湯はただ単に炭酸ガスを溶け込ませたものではなく、ドイツに多い天然炭酸泉と同じく「重炭酸イオン」が溶け込んでいるものだという。

 しかし、表面的に見れば「気泡がたつぬるま湯にゆったりと15分くらいつかる」点では同じだ。ならば“意識高い系”の人たちも人工炭酸泉にそんなに悪い感情は抱かないだろう。

 もちろん、ベストなのはドイツの温泉保養地「バーデン・バーデン」や大分の長湯温泉にある天然炭酸泉に入ることだし、経済的に余裕があれば、ダルビッシュ投手のような重炭酸温浴法を実践することだろう。だが、そこまではできないけれど効果のある入浴法を実践したい人にとって、人工炭酸泉はコスパの良い選択肢になるのだ。

 ただ、人工炭酸泉の人気が高まっている最大の原因は(3)の「『サウナで整えない』高齢者の増加」ではないかと考えている。

 人工炭酸泉に長くつかっている人たちを観察していると、年齢層が高めであることに気付く。休日などで浴場全体には子どもや若者が多くいても、人工炭酸泉は中高年に偏っているのだ。

 もちろん、若い人もつかるのだが比較的、短時間で出て人気の高いサウナや、熱めの源泉風呂などに移動する。それと比べて、シニアの方から筆者(アラフィフ)のような中高年世代は一度、人工炭酸泉につかると腰が重くなる。炭酸ガスが溶けているという性質上、「ぬるま湯」なのでかなり長くつかっていられることもあるが、沼のようにハマってしまう。

 なぜこうなるのかというと、1つには「サウナや高温風呂でゆったりできない」ことがある。

●のぼせることなく「長風呂」ができる

 筆者も若い時はサウナに20分ほどいて冷水にザブンと入る。これを2~3ターンするのは当たり前だったが、この年齢になるとつらい。人間ドックで血管系の数値も悪いので、サウナに20分も入れば心臓もバクバクだ。そこで冷水につかったら「ととのう」前に「お迎え」がきてしまいそうだ。

 先月、サウナーから「聖地」とされる首都圏の某入浴施設に行った時も、筆者と同世代くらいの男性がアウフグース(蒸気をタオルなどで仰ぎ、熱風を送る)中で気分が悪くなったとかで倒れていて、救急車で搬送されていった。

 こういう「サウナでととのうことができない高齢者」や「サウナが若い時よりもちょっとキツくなってきた中年」にとって、人工炭酸泉はゆったりとくつろげる「オアシス」となっているのだ。

 源泉風呂よりもぬるく、しかも血管拡張や血流改善があると言われている。しかも、あそこでダラっと体を投げ出していると、すごくリラックスできて夜もグッスリと眠れる。これは筆者の個人的な感想ではなく、科学的にも証明されている。

 例えば2023年、秋田大大学院医学系研究科の上村佐知子准教授と筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の神林崇教授、米スタンフォード大学医学部、同大学睡眠・生体リズム研究所の西野精治教授が発表した研究によると、二酸化炭素が溶けた「炭酸泉」に入ると深い睡眠が取れるという。

 人工炭酸泉に入った人は深部体温が40度近くに上昇し、その後、36度台前半まで急降下した。深い睡眠の時に出る脳波「デルタ波」も多く出ていたという。

 ご存じのように、日本は世界でトップレベルのスピードで高齢化が進んでいる国だ。2024年は人口が多い「団塊ジュニア世代」が50歳を迎えたことで、「50歳以上の人口が5割を超える国」になると言われている。さらに2025年になると、人口の4分の1が後期高齢者となるとの予測もある。

●「人口炭酸泉」は「新たな日本文化」になるか

 このような「世界一の老人国家」で、心臓や血管に負担をかけるサウナがこれまで以上に人気になっていくとは考えづらい。

 では何が人気になるのかというと、血管拡張や血流改善効果、さらに安眠や疲労回復効果のある人工炭酸泉が浮かんでくる。人間は歳を重ねるほど、自然と睡眠時間が短くなり、眠りも浅くなることが分かっている。だから高齢者ほど「睡眠の質」が大事なのだ。まさしく人工炭酸泉の出番だ。

 そう聞くと、「温泉や入浴施設のトレンドまで老人向けになっていくなんて日本の末路を象徴した話だ」なんてネガティブな印象を抱く人もいるかもしれないが、そんなことはない。

 あまり知られていないが、この人口炭酸泉という分野は「新たな日本文化」として世界に発信できるほどのポテンシャルがあるのだ。

 かつて欧州に多い天然炭酸泉を人工的につくることは不可能とされてきた。炭酸ガスの性質上、湯温が上がれば上がるほど、炭酸ガスを高濃度に溶かし込むことが難しくなる問題点があったからだ。

 しかし、それを世界で初めて実現したのが、三菱ケミカルエンジニアリング(旧三菱レイヨン・エンジニアリング)だ。1997年に炭酸ガス溶解モジュールを使用した独自技術を用いて、1000ppm(パーツ・パー・ミリオン)以上の高濃度炭酸泉を人工的に発生させる装置の開発に成功したのである。そして、その技術を初めてスーパー銭湯に用いたのが2000年の「竜泉寺の湯」だったというわけだ。

 それ以降、日本の人工炭酸泉技術は進化を続けて現在に至る。世界に売り出すことができる誇らしい入浴文化なのだ。

 そんな感じで近い将来に「アワラー」を名乗るシニアや中年が、日本中の温泉・入浴施設にあふれかえっているかもしれない。もちろん、筆者が勝手に描いている未来予測図なので、パチンとはじけて泡のように消えてしまうかもしれない。炭酸だけに。

(窪田順生)

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