Infoseek 楽天

“勝ち組”日立は生成AIを「本当に」活用できるか? 社長のIR向け発言から考察

ITmedia エンタープライズ 2024年6月17日 15時0分

 「生成AIがこれから世の中にもたらすインパクトは極めて大きなものになる」

 日立製作所(以下、日立) 社長兼CEOの小島啓二氏は、同社が2024年6月11日に開いた「Hitachi Investor Day 2024」のスピーチでこう強調した。その上で同氏はインパクトの中身やそれがもたらす事業機会について説明した。その内容が興味深かったので、今回はそのエッセンスを紹介して生成AIがもたらす事業機会について考察する。

●社会事業を手掛ける日立にとっての「生成AIのインパクト」

 「日立は『社会イノベーション事業のグローバルリーダー』を目指して、トランスフォーメーションジャーニー(変革の旅)をここ10年以上にわたって続けている。2021年度中期経営計画(21中計)までの構造改革の期間を経て、現在進行中の24中計でオーガニックな成長へと大きく舵を切った。そして財務指標の改善と企業価値の向上を図るために、コングロマリットから脱却してデジタルセントリックな企業を目指して成長スピードを加速させている」

 図1を示しながらこう説明した小島氏は、「そこに2023年来、極めて大きなインパクトを持つ技術が登場した。生成AIだ。これからは生成AIがもたらす事業機会を最大限獲得することが重要だ。今後も生成AIに匹敵するようなインパクトを持つ技術の革新が起きるだろう。そうした流れをしっかりと押さえながらアクレッシブに価値創造を追求する。日立はそんな企業であり続けたい」と力を込めた。

 図1は、同社の今回のIR(インベスター・リレーションズ)向け説明会のアピールポイントを集約したものだ。着目すべきは、真ん中に「生成AIがもたらす事業機会を獲得」と記されていることだ。

 生成AIがもたらすインパクトについては、「短期的にはソフトウェアやオフィスワーカーの生産性向上が期待される一方、データセンター需要の急拡大やAI用半導体供給不足といった課題が顕在化する。中長期的にはフロントラインワーカーの生産性向上や多言語間コミュニケーションの効率化が期待される一方、電力不足の深刻化やAIに伴う多様なリスクの発現といった課題が顕在化する」と説明した上で、「そうした課題を解決することも、日立にとっては極めて大きな事業機会になる」との見方を示した(図2)。

 生成AIの短期的および中長期的なインパクトがもたらす事業機会についてはどうか。

 短期的なインパクトがもたらす事業機会としては、ソフトウェア開発におけるエンジニア不足解消に向けた「ソフトウェア生産性向上効果の刈り取り」、生成AIの需要増大に伴う「データセンター需要急拡大への対応」、そして「AI用半導体の供給不足への対応」の3つを挙げた。図3の下段に記されているのは、それぞれの事業機会に向けて日立がグループとして保有している技術やサービスだ。

 中長期的なインパクトがもたらす事業機会としては、「深刻化する電力不足への対応」「フロントラインワーカーの生産性向上の実現」「AI利用に伴う多様なリスク発現への対応」の3つを挙げた(図4)。図4の下段には、それぞれの事業機会に向けた日立の技術やサービスが記載されている。

●なぜ日立はIR向けに「生成AI事業」を丁寧に説明したのか?

 「これまで説明してきたように、生成AIは短期的にも中長期的にも日立に大きな事業機会をもたらすと確信している。そして、生成AIの出現を機に考えたのは、今後も生成AIのような大きな転換点となる技術が出現し、さまざまな社会課題の解決手段になるとともに、また新たな社会課題をもたらすことになるということだ」

 こう話した小島氏は、そうした変化への対応について次のように述べた(図5)。

 「転換点となる技術が出現すれば、そのインパクトを事業機会として成長する。そして、次の転換点を生む技術を見極めて積極的に投資し、技術力の向上と事業ポートフォリオを整備、拡充する。こうしたサイクルをしっかりと回すことで、大きな転換点を成長につなげて企業価値を向上させていく。大きな転換点がもたらす社会課題に素早く対応する力を磨いていく。日立はこうありたいと考えている」

 では、次の転換点を生む技術をどのように見極めるのか。

 「その見極めにも生成AIが寄与する。なぜならば、生成AIは研究の生産性を大きく向上させるポテンシャルがあるからだ。生成AIを研究に活用することで、量子計算や抗老化、核融合といった商用化にはまだ時間がかかると見られている領域における次の転換点も想定より早まる可能性がある。そうした見極めを的確にするためにもオープンイノベーションやコーポレートベンチャリング、バックキャスト型R&Dといった活動が重要だ」(小島氏)(図6)

 以上が、小島氏の生成AIがもたらす事業機会に関するスピーチのエッセンスだ。

 もちろん、同氏が話したのはあくまでも日立の考え方であり、取り組みだが、短期的なインパクトがもたらす事業機会(図3)における「ソフトウェア生産性向上効果の刈り取り」や、中長期的なインパクトがもたらす事業機会(図4)における「フロントラインワーカーの生産性向上の実現」「AI利用に伴う多様なリスク発現への対応」といった点は、他のITベンダー、さらには社内外に向けてDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるさまざまな業種の企業にも当てはまる話だろう。

 また、大きな転換点を生む技術を企業価値向上につなげるサイクル(図5)も、DX推進企業にとってはこれから必須の取り組みになるのではないか。このサイクルは企業競争力を決定付けるものとなるだろう。

 最後に、今回の小島氏のスピーチで筆者が最も印象深かったのは、IR向け説明会にもかかわらず、時間の大半を生成AIに関連する話に割いていたことだ。上記のエッセンスだけでもお分かりいただけたと思うが、日立ほどの大所帯の企業でも生成AIはIRの観点から見ても最重要テーマであることが明確に見て取れた。

 冒頭で紹介した小島氏の発言にもあるように、日立はこの10数年にわたって大改革を実施して再生を図った、日本企業の代表的な「勝ち組」と見られている。その大胆さもさることながら、大所帯といえども世の中の変化にいかに機敏に反応し、瞬発力をもって動くことが大事かを、小島氏のスピーチから感じ取ることができた。ただ、日立が生成AIを本当に活用し、他のDX推進企業を力強くけん引するような存在になり得るかどうかはこれからの活動次第だ。目を凝らして注視していきたい。

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

この記事の関連ニュース