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“広報部システム課”が大活躍するアニメ『こうしす!』から得られる教訓

ITmedia エンタープライズ 2024年6月18日 7時15分

 テレビでアニメ『こうしす!』が放送されるというので録画し、遅ればせながら拝見しました。『こうしす!』は自主制作アニメで、ジャンルはなんと「社内システムエンジニアの悲哀を描く技術系コメディー」、しかも“セキュリティ”が大変重要なテーマになっています。可愛らしいビジュアルとは大きく異なる骨太のセキュリティが語られる作品です。

 この作品は、IT技術系コメディーを掲げるだけあり、オリジナルシリーズは全てがフリー素材(クリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス)を使用している他、商用利用についても「EE(Enterprise Edition)版」が用意されており、本作をそのまま教育に活用できるという“日本でも数少ないオープンソースのアニメーション作品”と述べられています。

●アニメだからこそここまで描ける“インシデント”の生々しさ

 筆者は以前から『こうしす!』についてタイトルは知っていたのですが、これまでなかなか観賞する機会に恵まれませんでした。先日開催されたアイティメディア主催セミナー「ITmedia Security Week 2024 春」で、本作の監督・脚本を手掛けた井二 かける氏が登壇した講演「AIブームとセキュリティ、アニメこうしす!監督が考える今と未来」を拝見し、いよいよ視聴欲が高まり、録画した作品を家族と一緒に視聴しました。セキュリティにあまり興味のない家族ものめり込んで見ていました。

 テレビ放映版は、公開されているシリーズの一部を編集したものです。このお話の舞台は兵庫県姫路市で、兵庫県姫路市と京都府をつなぐ架空の鉄道会社「京姫鉄道」の広報部システム課の社内エンジニアを主人公に、「ITmedia エンタープライズ」の読者であれば「あるある……」と思えるような、大小さまざまな情報セキュリティインシデントが降りかかる様子をアニメーションで表現しています。

 テレビ放映版では、コンピュータウイルスに感染するのは「自覚が足りないからだ」というトップの鶴の一声から起きる、精神論的セキュリティ対策のごく当たり前の帰結から始まり、鉄道という重要インフラでシステム停止が起こった際の社内のドタバタを描きます。もうこれだけで胃が痛くなる話ですが、本作ではそれがコメディータッチで描かれており、確かに入口としては入りやすい、セキュリティインシデントストーリーのように思えます。

 面白いのは、DDoSやIPアドレスなどはコミカルなシーンとともにそれなりに紹介される一方、画面をよく見ると「AD」や「WSUS」などの言葉がほぼ説明なしに登場するなど、ところどころマニアックな描写が登場する点です(ただし、ストーリーとしてはそれが分からなくても問題がなく、知っている人ならさらに深みが出るという演出が素晴らしいです)。

 本作は1時間という尺の中に、境界型防御の限界やウイルス対策の課題、重要インフラにおける心構え、そして内部犯行によるサプライチェーン攻撃など、現代ITセキュリティにおけるキーワードがてんこ盛りになっています。

 これに加えて制作陣のこだわりなのか、舞台が鉄道会社だけあり“鉄”風味が非常に強く、興味深くあっという間に見終わってしまいました。見終わってみると、タイトルにもなっている「広報部システム課」という絶妙な立ち位置が、インシデント対応と対外対応において重要なことが身につまされます。絵柄からは想像が付かない、大変素晴らしいセキュリティコンテンツでした。

 『こうしす!』はアイティメディアのエンジニア向け媒体「@IT」でも“支線”が連載されておりますので、ぜひチェックを。

●『こうしす!』をセキュリティ教育のコンテンツとして活用しよう

 本作では、何よりも「精神論的セキュリティ対策を実施してはならない」という、重要なメッセージが述べられています。そして、クライマックスでは組織のメンバーの一人が、このようなことを語ります。これこそが、本作が最も伝えたいメッセージであり、セキュリティ対策の本質だと思います。

事故は必ず起きる。それが当然だ

責任事故ゼロインシデントゼロ これは目標に過ぎん

隠蔽(いんぺい)や言葉遊びで実現したゼロに意味はない

今一番大切なのは、お客さまを安全に送り届けることだ

こうしす! #3.3「セキュリティに完璧を求めるのは間違っているだろうか(Part3/4)」 4分58秒から抜粋)

 セキュリティは、担当者だけが考えれば良いものではなく、組織のメンバー全員が考えるべき、重要な項目です。誰一人として取り残さず、誰一人として他人任せにしてはならず、全員が“ジブンゴト”として考えなくてはなりません。そのためには、インシデントのきっかけが誰であろうと、犯人捜しをするのではなく組織全体で対策を講じる必要があります。それを実現するためには、やはりまず経営層がセキュリティを理解し、組織全体にその重要性を浸透させなければなりません。

 これまでも本コラムで、情報処理推進機構(IPA)などが提供している動画コンテンツなどを紹介していました。ただ、やはりどうしても私たちがあまり乗り気になれないタイプの“研修”になりがちで、真剣に見る人も少ないように思えます。今回の『こうしす!』の取り組みは、セキュリティを学ぶというよりも、自主制作のアニメーションを見ていたらセキュリティの学びもあった、というちょうどいいところをつかめるように思えます。特にセキュリティに興味がない家族も「え、これ実際に起きたらどうするの?」と、問題意識を持つようになったほどです。アニメの力はすごいですね。

 本作は、YouTubeチャンネルで全編が公開されており、商用利用を含め活用が可能です。どの作品もすぐに観賞でき、身につまされるトピックがたくさんあります。

 セキュリティを学ぶ最良の方法は自らが興味を持つことだと思っています。その入口として本作は、特に若手が学ぶには、ちょうど良いコンテンツでしょう。絵柄からシニアの方たちは拒否反応を示すかもしれませんが、内容を見るとかなり本気のセキュリティが語られているので、見ていただければ考え方も変わり「これをみんなに見せよう」と思うかもしれません。そうなっていただければ、組織のセキュリティ意識も変わるのではないでしょうか。

 本作は第1話公開から2024年で10周年を迎えるとのことで、現在クラウドファンティングを募り、新たな展開も考えているようです。「昭和100年編の小説制作」という“不穏”な展開もあるようで、個人的にも興味を持っています。今後の展開にも期待しつつ、ぜひ、皆さんもこの作品をチェックしていただければと思います。

筆者紹介:宮田健(フリーライター)

@IT記者を経て、現在はセキュリティに関するフリーライターとして活動する。エンタープライズ分野におけるセキュリティを追いかけつつ、普通の人にも興味を持ってもらえるためにはどうしたらいいか、日々模索を続けている。

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