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AmazonのCTO「AIが機能したら誰も『AI』と呼ばなくなる」 その真意を考察

ITmedia エンタープライズ 2024年6月24日 17時0分

 「AI(人工知能)が機能し始めたら、もはや誰もAIと呼ばなくなるだろう」

 Amazon.comでCTO(最高技術責任者)兼バイスプレジデントを務めるヴァーナー・ボーガス(Werner Vogels)氏は、Amazon Web Services(AWS)の日本法人アマゾンウェブサービスジャパンが2024年6月20~21日に千葉県の幕張メッセで開催した年次イベント「AWS Summit Japan 2024」の基調講演でこう切り出した。

 基調講演のテーマは「AWSと創る次の時代」ということで、AWSの日本法人首脳幹部と共にパートナーやユーザー企業のキーパーソンがスピーカーを務めた。そうした中で、AWSの親会社であるAmazon.comの CTOであるボーガス氏が日本の年次イベントでスピーカーを務めるのは、筆者の記憶では初めてのことだ。これはすなわち、AIの開発および活用はAmazonグループを挙げての取り組みであることを物語っている。

 今回はそのボーガス氏の話の内容にフォーカスし、私たちはAIをどう捉えて使っていけばよいのかについて考察したい。

●2500年前からあった「自動化機械の構想」

 「AI、特にこの1年半ほどで注目度が一気に高まった生成AIをビジネスやマネジメントにどう活用するかといった話が今一番ホットかもしれない。しかし、もっと大きな観点で私たちはAIをどう捉えて使っていけばよいのかについて、原点に立ち返って考えてみた」

 こう話した同氏は、AI研究の第一人者であるジョン・マッカーシー氏の発言から冒頭で紹介した言葉を取り上げた。この言葉が「原点に立ち返る」とはどういうことか。

 「実は、AIはこれまで数十年にわたってさまざまな切り口から研究開発が行われてきたテクノロジーで、既に私たちの身の周りに溶け込んでいる。例えば、画像認識やフォーキャスティング、レコメンデーションなどだ。だが、これらのテクノロジーは誰も今ではAIと呼ばなくなっている」

 さらに、同氏は歴史を大きく遡って次のように語り始めた。

 「こうした話はおよそ2500年も前からあった。ソクラテスやプラトン、アリストテレスといった哲学者は、当時から『作業を自動化できる機械を作れば、人間の能力をさらに向上できるのではないか』と話していた。『人間は脳が発する指令によって制御されて動いている。その仕組みを機械で実現できないか』と考えたわけだ。プラトンは機械を人型ロボットに見立てて家事などをするイメージを描いていたそうだ。つまり、さまざまな作業を人間に代わって機械がやるという発想が当時からあったわけだ」(図2)

 そして、時を経て1940年代、そうした機械の原型となるコンピュータが誕生した。それとともに、「人間の脳をエミュレーション(模倣)する」というテクノロジーが本格的に研究開発されるようになった。その時に「機械は考えることができるのか? という問いに真剣に取り組もうではないか」と呼びかけたのが、数学者であり哲学者でもあるアラン・チューリング氏で、それを判定するための「チューリングテスト」を1950年に発案した(図3)。

 そうした経緯の下、1956年に米国ダートマス大学でスタートしたプロジェクトにこの分野のオピニオンが集まり、そこで正式にAIという言葉が使われるようになった。ボーガス氏によると、集まったオピニオンリーダーの中心は哲学者だったそうだ。

●AIの進展は「マラソンだと3歩踏み出したところ」

 その後、AIの研究開発は進んだが、当時のAIは、脳からの指令に基づいて動くという、いわば「トップダウン」の仕組みだった。それが進展して1970年代から80年代にかけてAIの代表的な存在となったのが、「エキスパートシステム」だ。このシステムはその名の通り、人間のエキスパート(専門家)の意思決定能力をエミュレーションするものだ。

 ボーガス氏は80年代、テクノロジストとしてエキスパートシステムの構築に携わったそうだ。ちなみに筆者もこの時代、日本でエキスパートシステムの実現に注力していた通商産業省(現・経済産業省)の「第五世代コンピュータプロジェクト」を、駆け出しの記者ながら懸命に取材した。AIの研究開発で世界に後れを取りたくないという日本の意気込みを覚えている。

 エキスパートシステムへの期待は大きかったが、結論からいうと商用として広がることはなかった。当時の日本での取材で「プロジェクトとして大きな成果は上げられなかったが、システムを構成するためのさまざまなテクノロジーを蓄積できたので、これからのAI研究開発に生かしたい」と語っていたプロジェクトメンバーの悔しそうな表情を思い出した。

 ボーガス氏は一方で、「この時期からAIにつながるテクノロジーとして大きく進展したのが、ロボット工学だ。エキスパートシステムがトップダウンのアプローチなのに対し、ロボット工学はボトムアップのアプローチとも見て取れる」と話す。

 これは一体どういうことか。「そのキーテクノロジーは、センサーだ。人間の視覚や聴覚などの感覚をセンサーとしてエミュレーションすることによって、自律した自動化機械を実現しようというものだ」と説いた。

 それを具現化したものとして、同氏はすでに多くの物流センターや工場などで使用されている無人搬送車を挙げた。「無人搬送車のコントロールはセンサーをベースとした認識技術によって自律的に行われている。(グローバルでEコマース事業を展開するために)世界75カ所に(巨大な物流拠点の)フルフィルメントセンターを設けている当社は、それぞれのセンターで3000台ほどの無人搬送車を使っている。これらはまさしくフル稼働しているロボットだが、誰もAIとは見ていない」とのことだ(図4)。

 そして、AIにおいて次に大きな変革をもたらしたのが、基本となるソフトウェアだ。深層学習や強化学習、教師なし学習、トランスフォーマーといったテクノロジーが生まれ、トランスフォーマーから、今の生成AIの基盤となるLLM(大規模言語モデル)が誕生した。ボーガス氏は、「LLMおよび生成AIが今後のAI活用を一層促進することは間違いないが、AIの進展をマラソンに例えると、まだ3歩踏み出したところに過ぎない」との見解を示した。「マラソンにおける3歩」とは、つまり動き始めたところということだ(図5)。

 では、これから私たちはAIをどう捉えて使っていけばよいのか。この点について、ボーガン氏は次のように話した。

 「私はAIに関わるテクノロジストとして、私たちが今抱えている大きな課題を解消できるようなAIを提供する責任があると考えている。国連によると、世界の人口は現在の80億人から2050年には97億人に増加する見通しだ。増加する17億人の食糧を確保し提供していけるのか。ヘルスケアを提供していけるのか。つまりは持続的な未来を全ての人たちに提供していけるのか。そうして取り組むテーマについては、国連が掲げているSDGs(持続可能な開発目標)の17目標が指針になるだろう」(図6)

 私たちが今抱えている大きな課題としては、気候変動を含めた環境問題、そして戦争も含めた国際問題などが挙げられるだろう。日本をはじめとする先進国では、少子高齢化問題も大きなテーマだ。

 そこで、冒頭で紹介した「AIが機能し始めたら、もはや誰もAIと呼ばなくなるだろう」という言葉に戻ると、これはむしろ「AIをしっかり機能させて、誰もAIを意識しないようにすべし」と捉えるべきではないか。そして、AIによって私たちが目指すべきは「サステナブルな社会を実現する」ことだと。

 最後に筆者の考察を述べておきたい。「AIによる業務の自動化は、人手不足対策より人の仕事を奪う方が浮き彫りになるのではないか」「人は自らの意思決定をAIに委ねてしまうようになるのではないか」という2つの懸念を、筆者はAIに抱いている。

 AIが進展するプロセスにおいてこうした懸念を注視しつつ、AIを「サステナブルな社会を実現するためのテクノロジー」として正しく使うことが、私たちが今、最も注力すべき取り組みなのではないか。

 そう考えると、なぜ今、生成AIが世に出てきたのかという疑問にも推測ながら理屈が立てられる。今回のボーガン氏の話からそんなことを考えさせられた。

○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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