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生成AI活用の「現在地」は? 総務省の「2024年版 情報通信白書」から考察

ITmedia エンタープライズ 2024年7月16日 17時0分

 新たな技術イノベーションとして注目される生成AI。その普及や活用の“現在地”はどの辺りか。総務省が2024年7月5日に発表した「令和6年(2024年)版 情報通信白書」(注1)(以下、白書)から筆者がピックアップした図を6つ紹介し、考察する。

●「モノが動く業種×生成AI」にビジネスチャンスも

 図1は、生成AIの世界市場規模の推移を示したグラフだ。ボストンコンサルティンググループが生成AIの世界市場規模について分析したもので、同社は2027年に1200億ドル規模になると予想している。業種別として最も大きな市場になると予測されているのは「金融・銀行・保険」で、「ヘルスケア」「コンシューマー」と続く。

 白書は生成AIについて、「人類史上有数の革命といっても過言ではない。企業がセキュリティリスクを恐れて活用しないことこそが最大のリスクだ。むしろ自社が次の時代の生成AIファースト企業になるつもりでAI活用を進めていくべき」と記している。

 図1のグラフで筆者が注目したのは、業種別として「製造業」や「流通・小売」が見当たらないことだ。すなわち、モノが動く業種と生成AIの掛け合わせによって大したことは起こらないというのが分析者の見立てということだ。だが、逆転の発想はないか。そこに新たなビジネスチャンスがあるような気もする。

 図2は、5カ国の国民による生成AIの利用経験を示したグラフだ。総務省が日本や米国、中国、ドイツ、英国の国民を対象に、生成AIを含むデジタル技術の利用状況などを尋ねたアンケート調査によると、生成AIを「使っている」(「過去使ったことがある」も含む)と回答した割合は日本で9.1%と、他国に比べて低かった。

 確かに図2のグラフによると、日本の利用率は他国に比べて低い。だが、日本は新しい技術に対して当初は慎重な姿勢を取ることが多いものの、メリットを理解して使い始めれば普及のスピードは速い。それほど憂慮する必要はないだろう。

 図3は、国内のアンケートで生成AIの利用意向をまとめたグラフだ。「既に利用している」と回答した割合は低いものの、「ぜひ利用してみたい」「条件によっては利用を検討する」と回答した割合は6~7割程度あり、白書では「潜在的なニーズがあることがうかがえる」との見方を示した。

 図3のグラフについては、利用形態の項目として一般的なものが列記されているが、業務利用の観点からすると、最下段の「AIを活用して制作への改善点やアドバイスを受ける」という使い方がうまくできるようになれば、生成AIは「Copilot」(副操縦士)にも「Buddy」(相棒)にもなるだろう。

 図4は、業務における生成AIの活用状況を示したグラフだ。企業を対象としたアンケート調査で生成AIの活用が想定される業務ごとに活用状況を尋ねた設問に対し、「電子メールや議事録、資料作成などの補助」に生成AIを使用していると回答した割合は、日本で46.8%(「業務で使用中」と回答した割合)であり、他国と比較すると低い。

 「トライアル中」までを含めると、米国やドイツ、中国の企業は90%程度が使用している。白書は、「海外では顧客対応などを含む多くの領域で積極的な活用が始まっている一方、日本企業は社内向け業務から慎重な導入が進められていることが分かった」としている。

 図4のグラフを見ると、業務における生成AIの活用においても日本が後れを取っているようだ。業務アプリケーションに生成AIが組み込まれた形で広く使われるようになるのはこれからなので、図2と同じくこちらもそれほど憂慮する必要はないと筆者は考えている。

●「生成AIは企業としての競争力」との認識を持て

 図5は、生成AIの課題を「従来型AIから存在するリスク」と「生成AIで特に顕在化したリスク」に分けて表記したものだ。元は、2024年4月に総務省と経済産業省が策定した「AI事業者ガイドライン」(第1.0版)だ。

 例えば、従来から存在するAIによるリスクとして「バイアスのある結果、および差別的な結果が出力されてしまう」「フィルターバブルおよびエコーチェンバー現象が生じてしまう」「データ汚染攻撃のリスク」「AIの利用拡大に伴う計算リソースの拡大によるエネルギー使用量及び環境負荷」などが挙げられている。

 「フィルターバブル」とは、アルゴリズムがインターネット利用者個人の検索履歴やクリック履歴を分析して学習することで、個々のユーザーにとっては望むと望まざるとにかかわらず見たいと分析された情報が優先的に表示される。利用者の観点に合わないとアルゴリズムが判断した情報から隔離され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」にそれぞれの利用者が孤立するという情報環境を指す。「エコーチェンバー」とは、同じ意見を持つ人々が集まり、自分たちの意見を強化し合うことで、自分の意見を間違いないものと信じ込み、多様な視点に触れられなくなる現象を指す。

 生成AIによって顕在化したリスクとしては、「ハルシネーション」が挙げられる。生成AIは事実に基づかない誤った情報をもっともらしく生成することがあり、これをハルシネーション(幻覚)と呼ぶ。技術的な対策が検討されているものの完全に抑制できるものではないため、生成AIを活用する際には、ハルシネーションが起こる可能性を念頭に置き、検索を併用するなど、ユーザーは生成AIの出力した答えが正しいかどうかを確認することが望ましい。

 さらに、生成AIの利用において、個人情報や機密情報がプロンプトとして入力され、そのAIからの出力などを通じて流出してしまうリスクや、ディープフェイクによる偽画像および動画といった偽・誤情報を鵜呑みにしてしまい、情報操作や世論工作に使われるといったリスクもある。既存の情報に基づいてAIにより生成された回答を鵜呑みにする状況が続くと、既存の情報に含まれる偏見を増幅し、不公平あるいは差別的な出力が継続し拡大する(バイアスを再生成する)リスクがあることなども指摘されている。

 白書によると、同ガイドラインはこのような「リスクの存在を理由として直ちにAIの開発や提供、利用を妨げるものではない」としている。その上で、「リスクを認識し、リスクの許容性および便益とのバランスを検討した上で、積極的にAIの開発や提供、利用を実施することを通じて、競争力の強化や価値の創出、ひいてはイノベーションにつなげることが期待される」としている。

 図6は、生成AI活用による効果と影響を示したグラフだ。約75%が「業務効率化や人員不足の解消につながると思う」(「そう思う」と「どちらかというとそう思う」の合計)と回答した。一方、「社内情報の漏洩などのセキュリティリスクが拡大すると思う」「著作権などの権利を侵害する可能性があると思う」と回答した企業も約7割あり、生成AIのリスクを懸念していることがうかがえた。

 図6のグラフの効果・影響項目において、特に強く意識したいのは「ビジネスの拡大や新たな顧客獲得につながる」「斬新なアイデア/新たなイノベーションが生まれる」「活用しないと企業としての競争力が失われる」の3つだ。とりわけ「生成AIは企業としての競争力」であることを、経営者をはじめ全従業員がしっかりと認識する必要があるだろう。

 加えてもう1つ、筆者が企業における生成AI活用事例の取材を通じて印象強く感じているのは、個人だけでなくチームとして生成AIを「使い倒す」ことだ。つまり、生成AIをチームの一員として捉え、チームのディスカッションに組み入れるのだ。そうすると、そのディスカッションを通じて生成AIはブラッシュアップされ、個人にとってもチームにとっても頼りになる仲間になっていくだろう。

 ただ、あくまでも意思決定は人間(チーム)が行うことを肝に銘じておかなければならない。

(注1)「令和6年(2024年)版 情報通信白書」

○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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