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富士通とNECの最新受注状況から探る「今後の国内IT需要の行方とリスク」

ITmedia エンタープライズ 2024年8月7日 7時0分

 国内IT需要の今後の動きはどうなるか。そこにはどんなリスクがあるのか。国内ITサービス事業大手の富士通とNECが相次いで発表した2024年度(2025年3月期)第1四半期(2024年4~6月)の決算から受注状況に注目し、見通しを探る。

●富士通がリスクに挙げた「人材確保の問題」とは

 富士通が2024年7月25日に発表したITサービス(同社の場合「サービスソリューション」)における第1四半期の国内受注状況は、全体で前年同期比97%にとどまった。

 業種別では、エンタープライズビジネス(製造業などの産業・流通・小売)が前年同期比106%、ミッションクリティカル他が同131%と伸長した一方、ファイナンスビジネス(金融・保険)は同100%の前年並み、パブリック&ヘルスケア(官公庁・自治体・医療)は同85%と減少した(表1)。

 この受注状況について、同社 代表取締役副社長 CFO(最高財務責任者)の磯部武司氏は会見で次のように説明した。

 「2023年度(2024年3月期)に獲得した大型受注の反動で、2024年度第1四半期の受注比率は少し減少しているが、デマンドの動きは引き続き力強く、商談パイプラインは着実に積み上がってきている」

 業種別には、「前年同期比106%となったエンタープライズビジネスは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やSX(サステナビリティトランスフォーメーション)関連、基幹システムのモダナイゼーション案件などが継続して拡大し、幅広い範囲で活況が続いている。ファイナンスビジネスは、金融機関向けの基幹システムの大型更新商談を獲得でき、高水準だった前年同期並みの規模を確保できた。パブリック&ヘルスケアは、前年同期に大型案件を受注した反動で同85%となった。すでに第2四半期以降の商談パイプラインが積み上がってきており、懸念はない。同131%となったミッションクリティカル領域では、基幹システムの更改などで複数年の大型商談を獲得した」と説明した。

 今後の需要については、「第2四半期以降は、受注の数字も高水準に戻ると見ている。力強いデマンドを感じている」とのこと。「力強い動きの中で、今後の受注にマイナスの影響を与えるリスクをどう見ているか」と質疑応答で聞いたところ、磯部氏は次のように答えた。

 「リスクになり得るのは、今後、生産性をさらに上げるための人材をどう確保するかだ。技術が変化し、自社の事業ポートフォリオも変わってきた中で、その変化に応じた人材のポートフォリオをどう形作るのか。例えば、当社がサービスとして提供する『SAP』や『ServiceNow』、『Salesforce』に精通した人材をもっと拡充しなければならない。一方で、モダナイゼーションに対応するためには、新しい技術よりも過去の技術スキルを持つ人材が不可欠だ。足らないならば、改めて育成する必要がある。デマンドが強いながらも技術が大きく変化している中で、それに対応できる人材を確保することは大変難しいと感じている」

 その上で、同氏は次のように述べた。

 「単に人を増やせばいいという話ではなく、自社の事業ポートフォリオに沿った形で人材のポートフォリオを構成させていかなければならない。そのためには、処遇面についてもしっかりと報いるような状態をつくらないと、人のモチベーションは上がらないだろう。こうした悩みは当社に限らず、多くの企業が抱えているのではないか。今後は人材確保とともに、AIを活用した自動化も積極的に進める必要があるが、そうした仕組みを作り上げるための人材も引く手あまただ。人材の話を『リスク』と表現していいのかどうか少々疑問も感じるが、この問題を乗り越えられなければ、どれほどデマンドが強くてもそれに応えられなくなるという意味で、大きなリスクだと考えている」

●NECは今後のリスクについて「大きなものはない」

 NECが2024年7月30日に発表したITサービスにおける2024年度第1四半期の国内受注状況は、全体で前年同期比13%増、変動の大きいNECファシリティーズを除くと同15%増と好調に推移した。

 業種別では、パブリックが前年同期比32%増と大幅に伸長し、エンタープライズが同2%増、その他も同6%増と伸びた。エンタープライズの内訳では製造が同13%増、流通・サービスが同10%増と伸長したものの、金融は同7%減にとどまった(表2)。

 この受注状況について、同社 取締役 代表執行役 Corporate EVP 兼 CFOの藤川 修氏は会見で次のように説明した。

 「第1四半期は旺盛な需要によって大幅に増加した。業種別では、パブリックが大型案件や自治体標準化案件の獲得により大幅に増加した。大型案件を除いても前年同期比10%強の増加となった。エンタープライズの内訳では、金融向けが同7%減だったが、前年同期に獲得した大型案件を除くと二桁伸長しており、引き続き好調を維持している。製造はDX関連の案件が増え、流通・サービスも大型案件を獲得するなど好調に推移している。その他も子会社のアビームコンサルティングが同19%増で好調を維持している」

 今後の需要については、「受注状況は引き続き好調に推移すると見ている。2024年度の業績目標に向けて案件を着実に積み上げているという実感がある」とのこと。そこで富士通の磯部氏への質問と同じく、そうした好調な中で今後の受注にマイナスの影響を与えるリスクをどう見ているかと聞いたところ、藤川氏は次のように答えた。

 「率直なところ、大きなリスクがあるとは見ていない。かつては利益率の低い案件への対処がリスクとなっていたが、それも2023年度に利益率の高い案件への受注シフトがだいぶ進んだ。さらに、プロジェクトごとに必要な人材をどう確保するかも懸念事項だったが、適切にマネジネントすることによって、今のところリスクとしては捉えていない」

 藤川氏のこの発言は、人材確保に向けた動きをリスクと見る磯部氏と逆の捉え方のようにも受け取れるが、注視しているポイントは同じだといえるだろう。

 最後に、デジタル人材の確保について、筆者が取材を通じて「企業としてここに注力すべき」と感じた2点を挙げておきたい。

 一つは、外部の優秀なデジタル人材を呼び込むために、自社の魅力を大いにアピールすることだ。上記のように、富士通やNECでさえデジタル人材の確保に注力している中にあって、「これからは業種にかかわらずデジタル企業に変化する必要がある」と言われても、そんなに簡単にデジタル人材は集まらない。社内でのリスキリングによる育成を進めることも大事だが、実践で通用する人材はすぐには育たない。

 そこで、激しい争奪戦を覚悟した上で、外部の優秀な人材を呼び込むために、「この会社をデジタルで変えてやろうという人、来たれ」くらいのメッセージを発信すべきだ。ただ、最も大事なのは「この会社が外部の人材にとってどこが魅力的なのか」を明示することだ。そこに確固たる自信を持ってアピールするものがなければ、優秀な人材など来るわけがない。これは、企業におけるこれまでのステータスとは関係ないと筆者は考える。今こそ、企業はそうした自らの存在意義をアピールするメッセージを大いに発信してもらいたい。

 もう一つは、全ての分野でAIによる自動化を進めることだ。デジタル人材を確保できないなら、AIにデジタル人材として働いてもらうしかない。分かりやすいのは、生成AIを使って生産性を大幅に向上させることができるソフトウェア開発の仕事だ。生成AIについては、コールセンターをはじめ、さまざまなところでこれまで人がやっていた仕事を代替できることが分かってきた。

 AIによる自動化については、富士通やNECなどのITサービス事業者の力を借りてもいいだろう。むしろ、一緒になって新たなデジタル事業を始めるつもりでやるべきだ。AIによる自動化は、うまくやれば人手をかけない「装置ビジネス」に仕立て上げることも可能だろう。そうしたアプローチも自らの魅力にすればいい。

 そう考えると、企業の魅力は探すものではなく、創るものかもしれない。

○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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