Infoseek 楽天

ビジネス変革のためにAIをどう活用する? IBMが説く「3つの視点と7つの変革領域」

ITmedia エンタープライズ 2024年8月19日 17時0分

 「生成AIは一過性のトレンドではなく、企業のビジネス価値を高めるものになってきている」

 日本IBMの川上結子氏(執行役員 マネージング・パートナー コンサルティング事業本部ビジネス・トランスフォーメーション・サービス事業部長)は、同社が2024年8月8日に発表した「デジタル変革のためのAIソリューション」の記者説明会でこう切り出した。同ソリューションは、同社が2024年3月に発表した「IT変革のためのAIソリューション」を拡張し、IT変革だけでなくビジネス変革を含む全社的なデジタル変革におけるAIの実用化を促進するコンセプトとソリューションからなるフレームワークだ。会見では、川上氏とともに、同じ事業部の倉島 菜つ美氏(IBMフェロー CTO)、田村昌也氏(パートナー)が説明役を担った。

●AI活用を全社に広げる3つのポイントとは

 今回、この新たなAIソリューションを取り上げたのは、そのポイントとなる視点やビジネス変革のためのAIの話が、ユーザー企業から見ても大いに参考になると考えたからだ。そうした点に注目しながら、同ソリューションの概要を見ていこう。

 前提として、川上氏は冒頭で述べた「ビジネス価値」の創出を全社に広げるためのポイントとして次の3つを挙げた。

・ポイント1: 個別分散的な取り組みのみならず、部門やビジネス領域を横断する本格的な価値創出への取り組みが求められる

・ポイント2: 汎用的な生成AIだけでなく、自社や業界などの独自データを生かすためのより高度なAI活用を追求する

・ポイント3: AIスキルの獲得を促進し、テクノロジーやノウハウが全社的に行き渡る仕組み・環境を整備する

 川上氏は図1を示し、ポイント1を推進するためには、図の左下に記されている「実験的アプローチ」とともに「重点的アプローチ」も実施する必要があると説明した。実験的アプローチとは「非コア業務などの低リスク領域で効率化の機会を探索するアプローチ」、重点的アプローチとは「コア業務など需要なビジネス機能を強化する、高リスクだが本格的な変革には不可欠なアプローチ」のことだ。同氏は「実験的アプローチによってまず使ってみることが大事だが、ビジネス価値を向上させるには重点的アプローチが必要だ」と強調した。

 また、図1の右下のグラフは同社による調査から経営層が感じている「生成AI適用に向けた障壁」を挙げたものだが、その上位のうち、青字で記された「データの正確性や偏りに関する懸念」や「AIモデルカスタマイズのための独自データが不十分」についてはポイント2によって解決、緑字で記された「生成AIの専門性が不十分」や「テクノロジーへのアクセスが限定的」についてはポイント3によって解決できると説明した。

 今回発表のデジタル変革のためのAIソリューションは、こうした背景から生み出されたものである。具体的には、「AI活用プラットフォーム」「AI戦略策定とガバナンス」「ビジネス変革のためのAI」、そして今年3月に発表済みの「IT変革のためのAI」といった4つのコンポーネントで構成されている(図2)。

 AI活用プラットフォームでは、さまざまなLLM(大規模言語モデル)利用を可能とするAIプラットフォーム、AI活用のために必要なデータプラットフォーム、AIガバナンスのためのガバナンス機能、そしてAIアプリケーションを構築するためのアプリケーションプラットフォームなど、AI活用の基盤となるオープンなプラットフォームを提供する。また、AI戦略策定とガバナンスでは、全社横断でのビジネス価値創出に向けたAI戦略とガバナンスの実現を支援するとしている。

 以下、本稿では、ビジネス変革のためのAIの内容にフォーカスする。

●ビジネス変革のAIが求められる7つの領域とは

 今回の発表の目玉といえるビジネス変革のためのAIは、業界固有のプロセスに特化したAIソリューションの他、製品・サービス、顧客接点、ビジネスプロセス最適化、人材管理、サプライチェーン、日常業務といった主要なユースケースに最適化されたAIソリューションを提供するものだ。川上氏によると、「IBMがこれまで業務改革のコンサルティングやソリューションにおいて手掛けてきた分類を基に、企業がビジネスを変革するために必要な7つのコンポーネントを用意した」とのことだ。各コンポーネントの要点は次の通りだ。

1. 「インダストリーのためのAI」は、金融・製造・流通・通信・公益・公共・医療など、多様な業界に特化したAI

2. 「製品・サービスのためのAI」は、自社の製品・サービスの新規開発や改善を効率的かつ効果的に実施するためのAI、および製品・サービスそのものに組み込むAI

3. 「顧客接点のためのAI」は、企業のあらゆる顧客接点を変革するAIだ。セールスのためのAI、マーケティングのためのAI、CRM(顧客情報管理)のためのAIなどを包含する

4. 「ビジネスプロセス最適化のためのAI」は、経理財務・人事・購買などの業務の高度化や自動化を通じて、業務・サービスの生産性、品質、価値の向上を実現するAI

5. 「人材管理のためのAI」は、点在する人材データを活用した、従業員体験の向上や人的資本の活用効率最大化のためのAI

6. 「サプライチェーンのためのAI」は、サプライチェーンにおける業務・部門間の連携や調整業務、複数担当者の合意などの意思決定を含む幅広い業務の自動化、高度化、効率化を実現するAI

7. 「日常業務のためのAI」は、文書作成や大量文書の分析・要約から、コード生成などの専門スキルを要する作業まで、従業員の日々の業務の生産性向上、付加価値創出を実現するAI

 図3は、デジタル変革のためのAIソリューションにおいてそれぞれの領域で具体的に利用できる製品やサービスを記したものだ。この中には、戦略パートナーの製品・サービスも含まれている。例えば、ビジネス変革のためのAIでは、顧客接点のためのAIとしてAdobeやSalesforce、サプライチェーンのためのAIとしてSAPの社名が入っている。

 日本IBMは今回の発表で、ビジネス変革のためのAIにおいて、インダストリーのためのAI領域から宮崎銀行、インダストリーおよび製品・サービスのためのAI領域から京都大学大学院、人事管理およびビジネスプロセス最適化のためのAI領域からパナソニックグループの3つのユーザー事例を紹介した。

 宮崎銀行は、IBMが提供する「DSP生成AI拡張機能」により、属人的で業務負荷の高い融資稟議書作成業務時間の95%削減と標準化を実現した事例だ(図4)。

 京都大学大学院は、IBMが提供する「難病情報照会AIアプリケーション」により、信頼性の高い難病情報の紹介を簡便に行って専門医につなげることで、これまで時間を要していた難病の診断・治療の早期化を支援している事例だ(図5)。

 パナソニックグループは、IBMが提供する「ワンストップ人事サービス」により、生成AIを活用し、セルフサービスによる自己解決から人事担当者によるきめ細やかな有人対応まで提供する。安心感や温かみのある人事サービスで、人事業務の効率化および従業員体験の向上を実現した事例だ(図6)。

 筆者は、投資対効果が不明なユーザー事例については、PR色が強いので記事では基本的に取り上げないことにしているが、生成AIについてはさまざまなユースケースを共有することが今は最も重要だと考えるので、上記の3つの事例も紹介しておく。それぞれ課題と期待される成果・展望をすり合わせることで気付きがあるかもしれない。

 最後に、ユーザーの視点として、図1で取り上げたビジネス価値創出を全社に広げるためには3つのポイントがあることと、図2で取り上げたビジネス変革のためのAIとしては7つの領域に取り組む必要があることを改めて強調しておきたい。

○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

この記事の関連ニュース