Infoseek 楽天

さくらインターネットの取り組みから探る 日本企業は「デジタル赤字」にどう対応すべきか

ITmedia エンタープライズ 2024年9月3日 7時0分

 「日本企業はこれから『デジタル赤字』をどう捉え、どのように対応していくかが問われる」

 さくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏は、同社が2024年8月27日に開いたメディア向け事業説明会で、こう語った。

 デジタルサービスにおける貿易収支の赤字を指す「デジタル赤字」の拡大が今、注目を集めている。日本の企業や個人から「GAFAM」に代表される海外の巨大テック企業への支払いが膨らむ一方だからだ。しかし、巨大テック企業のデジタルサービスはもはや欠かせないものになっている。それらを利用しながら日本企業がどのようなサービスを生み出し、広げるか。これは、デジタルサービスを手掛ける全ての日本企業の在り方への問いかけでもある。今回は、このデジタル赤字に言及した田中氏の話を取り上げる。

●どう対応すべき? クラウド化が進むほど増える「貿易赤字」

 まずは、さくらインターネットの事業について紹介しておこう。「日本を代表するデジタルインフラ企業へ」を掲げる同社は、データセンターや通信・電力網、それらを管理するソフトウェアなどを含めたインターネットインフラ事業を展開している。また、田中氏はソフトウェア協会(SAJ)会長や日本データセンター協会(JDCC)会長、関西経済同友会 常任幹事など、業界団体の要職も複数務めている。

 同社設立以来25年間の売上高と従業員数の推移を示したグラフが、図1だ。田中氏は、「日本のIT業界でデジタルインフラに集中している企業はほとんどない。これまでIT業界の事業モデルは、さまざまなビジネスを行い、その相乗効果でエコシステムを拡大する形が大半だ。当社はデータセンターからクラウドサービスに事業領域をシフトしながらもインフラにこだわってきた」と述べた。

 その上で、同氏は直近の売上高の動きについて、「設立23年目(2022年3月期)に初めて減収となったが、その主因は外資系クラウドとの競争激化で、それまで一定の割合があったレンタルサーバ事業が急減したことにある。その後はクラウド事業が着実に伸びて成長軌道に戻り、(グラフにない)26年目(2025年3月期)は過去最高の280億円を見込んでいる」と説明した。

 さらに、田中氏は自社の減収に関係する動きとしてデジタル赤字に言及し、次のように述べた(図2)。

 「(海外の巨大テック企業である)外資系クラウドベンダーが便利なサービスを日本でも普及拡大させたことにより、デジタル赤字額は2023年で5.5兆円に膨らんだ。クラウド化が進むほど日本の貿易赤字が増えるという構図だ。ただ、この現象は日本企業においてデジタル化が進み始めたという証しとも見て取れる。そこから、日本ならではのデジタルサービスをどう生み出していくか。選択肢を持つためにもその基盤部分も日本で開発し提供できるようにするのが望ましい。外資系の便利なサービスを引き続き利用する一方、日本企業によるサービスの創出にも注力していく。この両方を目指すのが、日本が進むべき方向ではないか」

●デジタル赤字を気にせず、世界に通じるサービスを生み出せ

 「外資系のサービスを利用しながら日本企業のサービス創出にも注力する」という田中氏の意見は正論で、現状ではその両方を目指すしかないともいえる。ただ、外資系の便利なサービスがどんどん浸透する中で、果たして日本企業にそれらと競えるようなサービスを創出できるのか。

 その危機感について、田中氏が同社を取り巻く市場環境の変化に関する話の中で次のように話した。図3は、要はデジタルインフラの重要性が高まっていることを市場調査などから示したものだが、ここでは左側の4象限の図に関する同氏の説明を記しておこう。

 「なぜ、デジタルサービス分野において日本企業の影が薄いのか。私は、ソフトウェアをサービスとして提供するネット企業が少ないからだとみている。ネット企業はデジタルインフラを自前で持っているので、デジタル赤字を生まない。ただ、肝心なのはソフトウェアをベースとしたサービスであり、そのサービスで得た収益を自らのインフラの強化に充てるというのが、外資系クラウドベンダーの事業モデルだ。それが日本でも進展すると、インフラを構成するハードウェアやデータセンター構築を手掛ける日本企業も淘汰される可能性がある。これは、経済安全保障上のリスクにもなり得るだろう」

 ネット企業の見方については異論があるかもしれないが、同氏が言いたいのは図3の左側の図にあるように、ソフトウェアをサービスとして提供するSaaS(Software as a Service)とインフラを提供するIaaS(Infrastructure as a Service)の両方を手掛ける日本企業がもっと出てきてほしいということだろう。特に大事なポイントは、SaaSは世界に通用するサービスであってほしいということだろうというのが、筆者の解釈だ。

 こうしたニーズに対し、さくらインターネットはIaaSをベースとしたクラウドサービスを垂直統合型かつ自前主義の事業モデルによって、デジタル赤字にも対応可能な環境を構築できる。SaaSについても自社で提供できるように取り組んでいるとともに、日本のSaaS企業がさくらインターネットのIaaSを使えば、デジタル赤字を生まない仕組みを作れるわけだ。なお、この話についてはIT企業を想定しているが、SaaSをデジタルサービスと捉えると、デジタル化に取り組む全ての日本企業に当てはまることになる(図4)。

 さらに、同社は政府共通のクラウドサービスの利用環境である「ガバメントクラウド」に国内企業として初めて選定されたとともに、経済産業省による「クラウドプログラム」の認定を得て最大575億円の助成を受けることになった。これらの動きは、国がデジタル赤字を意識して同社を採択したとも見て取れる(図5)。

 ただ、田中氏の話では、日本企業が海外で成功するデジタルサービスを生み出すためにはどうすればよいかということへの言及がなかったので、会見の質疑応答で聞いてみた。すると、同氏は次のように答えた。

 「事業として最初からどんどん海外へ出ていくことを考えておくべきだ。ただ、海外での事業展開には相応のコストがかかることを覚悟しておくことが必要だ。世界のデジタルサービス市場で成功した企業は、巨額の先行投資をしながらまずは売り上げ拡大に注力し、確固たる商圏を作り上げて事業モデルを構築していった。売り上げ拡大に向けてしっかりとプロモーションすることが重要だ」

 同社自身は国内向けの事業が中心だが、SaaSについては外資系クラウドベンダーのIaaSを利用してデジタル赤字を増やすことになっても、日本企業は世界に通じるデジタルサービスを生み出すチャレンジをすべきだとの思いが、上記のコメントの背景にあると感じた。

 最後に、田中氏のこれまでの話で筆者が最も印象に残った発言を改めて挙げると、「デジタル赤字の現象は日本企業においてデジタル化が進み始めたという証しとも見て取れる。そこから、どう日本ならではのデジタルサービスを生み出していくか」だ。デジタル赤字も捉え方によってはポジティブな側面もある。そんなデジタル赤字の動向を気にするよりも、これからのデジタル社会に果たしてどんなサービスが求められるようになるかを必死に考えよう。チャンスはどの企業にもある。

○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

この記事の関連ニュース