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日立の「人手不足を生成AIで解消する」発言から改めて問う、“何のために生成AIを使うのか?”

ITmedia エンタープライズ 2024年9月9日 17時30分

 2023年来、話題の生成AI。企業の関心は非常に高いが、実際、生成AIで何がしたいのかを自社の状況に合わせて明確にしないまま動き出しているところが多い。そうした問題意識を持っていたところ、日立製作所が2024年8月29日に開いた生成AIの取り組みについての記者説明会で、その問題解決につながる話を聞くことができた。今回はその内容を紹介し、何のために生成AIを使うのかについて改めて考えたい。

●日立が挑む「生成AI活用による人手不足の解消」

 「当社が生成AIに取り組むのは、今や社会課題として深刻化している人手不足の問題をこの技術によって解決したいからだ」

 日立製作所の吉田順氏(デジタルエンジニアリングビジネスユニットData&Design本部長 兼 Generative AIセンター センター長)は、記者説明会でこう切り出した。

 「生成AIで人手不足をカバーしたい」という話はこれまでも企業の導入動機の一つとして耳にしてきたが、日立が生成AIに取り組む最大の理由として「人手不足の解消」を挙げたのは、人手不足に悩む立場としてITベンダーだけではない製造業者の本音を聞いたようで印象的だった。今回はこの発言を聞いて、本稿で取り上げたいと思った次第だ。

 日立における生成AIの取り組みは図1に示すように、社内において全事業領域で活用を進め、日立グループの全従業員27万人が使うことによって生成AIのやり取りによるナレッジの蓄積を図るというものだ。

 とりわけ、オフィスワーカーやフロントラインワーカーの人手不足を解消できるように注力する構えだ。そして、蓄積したナレッジをはじめとした生成AIの活用ノウハウを顧客向けにサービスとして提供する形で、現在順次ビジネスを展開している。

 生成AI活用の方向性としては図2に示すように、日立グループの幅広い事業領域で蓄積してきた制御・運用(OT:オペレーショナルテクノロジー)、AIやビッグデータ収集・分析などの情報技術(IT)、製品・設備(プロダクト)から得られるデータやナレッジを集約して生かす仕組みを作り上げる構えだ。LLM(大規模言語モデル)については、日立として今のところ独自開発を行わず、汎用のものと個別カスマイズで対応していくという。

 この図2の構図は、日立が強みとする「IT×OT×プロダクト」によって顧客ごとに最適なソリューションを提供するDX(デジタルトランスフォーメーション)支援ビジネスモデル「Lumada」と同じだ。つまり、日立にとって生成AIはLumadaの中核技術になる存在だと見ていいだろう。

 図3が、日立の生成AIの取り組みにおける全体像だ。吉田氏によると、「ここ1年ほどに発信したニュースリリースの内容をプロットしたもの」とのことだ。図の見方としては、左側に記された従来の取り組みを基に、下段から見て、パートナリングと独自技術を組み合わせた生成AIを、CoE(Center of Excellence)の役割を担うGenerative AIセンターによって活用推進する。それとともに、社内のユースケースを一元的に管理し、その上位のプラットフォームやツール・ソリューション、サービスといった社外に向けたビジネスに生かすというものだ。

 図3の構図は、生成AIのユーザーでベンダーでもある日立の取り組みの概要を示している。同様に、今後はどの企業も生成AIの活用で両方の顔を持つ可能性がある。その際にはCoEの存在がキーになる。その意味で、日立の取り組みは参考になるだろう。

●生成AIをマンパワーと捉えるべきではないか

 これまで幾度か使ってきたキーワードの「ナレッジ」に注目すると、日立はどのような業務における生成AIのやり取りをナレッジとして蓄積しているのか。それを示したのが、図4だ。

 縦軸は情報、社会、制御という分類で、横軸は企画提案から保守作業まで一連の工程の流れとなっており、それらをカバーした範囲での業務内容が記されている。これらはすなわち、生成AIの適用効果が見込まれる業務であり、ナレッジ蓄積のユースケースと捉えることもできよう。

 そして、生成AIに対する期待の高まりとして、これまでとこれからの違いを図5に示した。

 その違いは、これまでは生成AIへの期待として「生産性の向上」「業務の効率化」が挙げられ、それに対しては「汎用知識を広く学習した汎用LLMの利用」が適切だった。しかし、これからは「人手不足の解消」「技能継承の実現」「競争力の強化」が求められるようになる。それに対して、同社は「それぞれの業務に合わせた業務特化型LLMの構築」が必要となるとしている。

 人手不足の観点から、これまでも汎用LLMをベースとした生成AIモデルによって生産性の向上や業務の効率化が図れたことから解消に寄与したところもあるだろうが、これからは自社のナレッジの継承や自社データ利用で競争力の向上を図れる業務特化型LLMをベースとした生成AIモデルの方が、解消をさらに進められるとの主張とも見て取れる。

 日立は今回の会見で、「業務特化型LLM構築・運用サービス」の提供を開始すると発表した。

 吉田氏は最後に、生成AIの活用からDXの動きが日本企業でどのくらい進展するかについて、次のように説明した(図6)。

 「生成AIは2023年に広く知られるようになり、さまざまな業務領域で先駆けとなるユースケースが見られるようになってきた。当社としては、生成AIの活用によってオフィスワーカーやフロントラインワーカーの人手不足を解消できるように注力したい。さらに今後、各業務全体に変革を進めるためには、生成AIも含めたDXを推し進める必要がある。そのために当社が用意しているのが、Lumadaによるソリューションだ」

 最後はやはりLumadaをアピールして終わるのが日立らしいところだが、同時に生成AIを何のために使うのかについては一貫して人手不足の解消を前面に押し出していたのが印象的だった。改めて考えてみると、「生成AIはマンパワーと捉えるべき」とのメッセージが一番分かりやすいのではないか。そう感じた日立の会見だった。

○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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