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日本IBM、三菱UFJ銀行、IIJ共同の取り組みから考察 今後の「金融システム」はどうあるべきか?

ITmedia エンタープライズ 2024年10月8日 7時30分

 「お客さまから見て、中身がどんな仕組みであれ、一つの金融システムとして利用していただける環境を提供したい」

 日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏は2024年10月1日、同社が三菱UFJ銀行およびインターネットイニシアティブ(以下、IIJ)とそれぞれ戦略的パートナーシップを結び、地域金融機関向け新共同プラットフォームの提供開始を発表した記者説明会で、こう強調した。

●日本IBM、三菱UFJ銀行、IIJ共同の「新共同プラットフォーム」とは?

 山口氏が「一つの金融システム」と表現した新共同プラットフォームは、メインフレームや分散系を含むあらゆるITプラットフォームを、地域金融機関が既存のシステム共同化の枠組みを超え、経営戦略に応じて適材適所かつ選択肢を持って長期にわたり利用できるようにした取り組みだという。この中で、三菱UFJ銀行は新会社を設立し、地域金融機関向けメインフレーム基盤の共同利用を実現する「メインフレーム共同プラットフォーム」に参画(注1)。IIJは「分散基盤共同プラットフォーム」を提供開始した(注2)。既に複数の地銀システム共同化グループが採用を決定、もしくは検討しているとのことだ。

 本稿ではこの動きについて、今回の発表に至った背景や考え方について説明した山口氏の話が興味深かったので、そこにフォーカスして金融システム、ひいては基幹系をはじめとした業務システムの今後の在り方について考察したい。

 山口氏はまず、IBMの金融戦略フレームワークと提供サービスについて、次のように説明した(図1)。

 「図1の右にあるビジネスサービスの基幹系については、1970年代からメインフレームが担ってきた。1990年代に入ってシステム規模がダウンサイズされた基幹分散系が出てきて、今でも外部との接続に使われている。2000年以降、デジタルサービスの領域が広がるとともに、APIによってそれらと基幹系、さらにはAIサービスやFinTechアプリなどと相互につながるようになった。こうした変遷の中で、ビジネスサービスにおいては1990年代から、『餅は餅屋に委ねる』との発想でIT企業がお客さまのシステムの運用を代行するアウトソーシングサービスを提供するようになり、経済合理性を向上させるとともに、金融機関相互のメリットを生かすべく『共同化』という仕組みができた。今回発表した新共同プラットフォームは、それをさらに進化させたものだ」

 その進化した形として、図1の上に記したのが図2だ。

 ビジネスサービスにおいて、基幹系は三菱UFJ銀行(表記上はMUFG=三菱UFJフィナンシャル・グループ)が提供するメインフレーム共同プラットフォーム、基幹分散系はIIJが提供する分散基盤共同プラットフォームが担う。デジタルサービスにおけるIBMの「金融サービス向けデジタルサービスプラットフォーム(DSP)」、さらにネットワークにおいてこれらのプラットフォームを接続するIIJの「地銀共同化プライベートネットワーク・バックボーン」を新たに加え、「金融ハイブリッドクラウド・プラットフォーム」と名付けた。

 これが新共同プラットフォームであるのは、とりわけ図1のビジネスサービスに記されている「共同化グループごとのシステム」を三菱UFJ銀行とIIJを組み合わせたプラットフォームに統合できることから、すなわち「共同化の共同化」を実現できるためだ。

●金融ハイブリッドクラウド・プラットフォームとは何か

 山口氏は、今回発表した金融ハイブリッドクラウド・プラットフォームが出てきた背景や考え方について、金融システムを支えるインフラストラクチャに関連した図を4つ示した。いずれも縦軸にはシステムの種類、横軸にはビジネスサービスにおけるオンプレミス、デジタルサービスにおけるクラウドを位置付けたもので、同氏は「システムはこれまでこの4象限を対象として作られてきている」と述べた。

 まず、図3はそれぞれの象限におけるインフラの名称と業務特性を記したものだ。

 この図を示しながら、同氏は「われわれはこれまで、メインフレームと分散システムのどちらがよいか、オンプレミスとクラウドのどちらがよいかといったシステム形態の議論ばかりしてきたのではないか。実は、システムを選ぶ際はそれよりもそれぞれの業務特性に目を向けるべきではないか」と問題提起した。

 図4は、その問題提起に伴って、それぞれの象限において優位性のある業務特性を記したものだ。

 オンプレミスのメインフレームには「高性能、安全性、安定性」、分散システムには「安定性、経済合理性」、それに対してクラウドは「柔軟性、迅速性」といった業務特性が記されている。

 同氏は「初めにシステムありきではなく、業務特性に応じてどんなシステムを動かせば良いかをデザインしながら全体の仕組みを作ることが、将来に向けてシステムをサステナブルに成長させるために極めて重要な考え方ではないか。図4の中央に『適材適所のシステム利用』と記したのは、それを表現したものだ」と説明した。

 そして今回、業務特性に応じて適材適所でシステムを利用できるようにしたのが、図5に示した形だ。

 ビジネスサービスにおけるオンプレミスを共同利用の形にし、前述したように「共同化の共同化」を図ったことで、メインフレームのところにメインフレーム共同プラットフォーム、分散システムのところに分散基盤共同プラットフォーム、そしてクラウドでは例えば「業界クラウドプラットフォーム」を活用することで、金融ハイブリッドクラウド・プラットフォームが実現するわけだ。

 図6は、図5における各種プラットフォームの提供元を記したものだ。ちなみに、クラウド利用のDSPはIBMが提供するサービスだが、そのインフラは各種パブリッククラウドサービスを適用する形となっている。

 山口氏は図6を示した上で、冒頭で紹介したコメントにあるように、ユーザーから見て、中身がどんな仕組みであれ、一つの金融システムとして利用できる環境を提供したいと強調した。これがまさしく、金融ハイブリッドクラウド・プラットフォームだ。

 さらに、同氏は説明の最後に、「金融システムの在るべき姿としてようやくここまで来た。これはまだ進化の第一歩だ。業務特性に応じてオンプレミスとクラウドをデザインするアプローチは今後、世の中にある業務システムに幅広く適用できる可能性がある」と語った。

 筆者はこの発言を、今回発表したハイブリッドクラウド・プラットフォームの仕組みが金融にとどまらず、他業種の基幹系をはじめとした業務システムに幅広く適用する考えがあるものと推察している。

 最後に筆者なりの受け止め方を述べておくと、上記の金融ハイブリッドクラウド・プラットフォームは、業務特性に応じてシステムをデザインするアプローチについては賛同するものの、やはりメインフレームを提供するIBMの論理に基づいているという印象が否めない。素朴な疑問を言えば、ビジネスサービスはクラウドの方が経済合理性で優位なケースが多いのではないか。また、業務ごとのコストパフォーマンスで見るとどうなのか。さらに言えば、これからはビジネスサービスの多くがデジタルサービス化するのではないか。

 加えて、「これからはハイブリッドクラウドが主流」とよく言われるが、それは当然のことだ。世の中の全てのシステムがクラウドサービスになることはあり得ない。とは言え、注目すべきはオンプレミスとクラウドサービスを併用するハイブリッドクラウドの中で、クラウドサービスの割合がどれくらいになるかだ。

 その予測については、むしろ金融や製造の分野でどうしても移行できないメインフレームを除いて、他のオンプレミスシステムをクラウドに移行できれば、近い将来にはクラウド化率が7~8割に達すると見る向きもある。ちなみに、現在のクラウド化率は約3割と見られている。

 こうした議論をさらに詰める意味でも、今回の金融ハイブリッドクラウド・プラットフォームの提案は格好のきっかけになるのではないか。本連載でも引き続き、注目していきたい。

(注1)日本 IBM との協業による地域金融機関向け「メインフレーム共同プラットフォーム」の提供について

(注2)日本IBMとIIJが協業し、地域金融機関向けに「分散基盤共同プラットフォーム」を提供開始

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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