企業におけるAI活用で、生成AIに続き、「AIエージェント」という新たな技術が注目されている。
業務アプリケーションをクラウドサービスで提供するSaaS(Software as a Service)ベンダー大手が、自社製品向けのAIエージェントを相次いで発表している。相次ぐ発表の中でも、米Salesforceの日本法人セールスフォース・ジャパンが開いた記者会見が興味深かったので、今回はその内容を紹介し、AIエージェントについて考察したい。
●AIエージェントとは何か? AIは「使う」ものから「雇う」ものへ
AIエージェントとは何か。何ができるのか。
セールスフォース・ジャパンは2024年10月18日、CRM(顧客関係管理)を軸としたSalesforceプラットフォーム上で利用できるAIエージェント機能「Agentforce」(エージェントフォース)の第一弾サービスを日本市場で同年10月30日に提供開始すると発表した。AgentforceはSalesforceが米国で同年9月に発表し、同年10月25日に提供開始したもので、日本語対応の上、日本でも米国と時間差がほぼない形での提供開始にこぎつけた。第一弾サービスの内容については発表資料をご覧いただくとして、本稿では、この発表会見での説明からAIエージェントの正体を探っていこう。
「企業のAI活用は、対話型アシスタントの生成AIから自律的に動くAIエージェントへと広がっていく。これに伴い、AIはこれまで『使う』ものだったが、これからは『雇う』という捉え方も広がるだろう」
セールスフォース・ジャパン 専務執行役員 製品統括本部 統括本部長の三戸 篤氏は、発表会見でこう語った(図1)。図1にはAI活用の変化として、第1波の「予測」、第2波の「対話型アシスタント」に続いて、第3波に「AIエージェント」として、米国での早期試行ユーザーのコメントも掲載している。さらに、第4波として記されている「ロボティクス」も輸送や物流の分野の大きな変革につながるだろう。
三戸氏に続いて、同社 製品統括本部 プロダクトマネジメント&マーケティング本部 シニアマネージャーの前野秀彰氏が、Agentforceについて以下のように説明した。
前野氏が、三戸氏の話を受けてさらに掘り下げたのが、生成AIとAIエージェントの違いだ(図2)。
「図の左側は生成AIの活用を示したもので、目的は個人の生産性向上にある。営業の事例で言うと、『この見込み客の情報をサマリして教えて』と聞けば整理された情報が返ってきて、その内容を基に営業活動を実施するという使い方だ。これに対し、右側に示したAIエージェントの目的は組織労働力の大幅な強化にある。活動の流れの中でAIエージェントが『見込み客リストから商談を創出しておきますね』と対応してくれる。つまり、対話型から自律型へ、個人から組織へと、捉え方が根本的に変わる」
図2の表題に「AIは“個人”の強化+“組織”の強化へ」と記されているように、生成AIは個人向け、AIエージェントは組織向けにそれぞれ適用が広がるということだろう。
●セールスフォースがAIエージェントを提供する理由
「AIエージェントは、組織の力に制限を無くす」
前野氏はこうも述べた。どういうことか。
「これまで組織は従業員の生産性によって活動を支えられてきたが、昨今の人手不足によってその生産性を維持することが難しくなってきている。一方で、製品やサービスに対する顧客の期待は高まっており、その間のギャップは広がるばかりだ。それに対し、AIエージェントを活用することで生産性を上げ、人はもっと人としてやるべきことに注力する。そうすれば、組織の力は理論上、無限のスケール性を持つことになる。こうした働き方を実現するのが、これからの経営の重要なポイントになるだろう」
すなわち、AIエージェントの活用は、企業にとって人手不足の解消策、さらには労働力の強化につながるというわけだ。
その上で、前野氏が満を持して紹介したのが、Agentforceだ(図3)。
「当社はAgentforceによって『人間+AIエージェント+データ+CRM』の実現を目指している。AIエージェントは自律的に労働力を強化するが、人間の全ての役割を代わりに担えるわけではない。営業において見込み客と商談を進めたとしても、金額的なやり取りは人間が実施する必要がある。そうしたAIエージェントと人間の連携について、図3では外側のAgentforceと、その内側の『Customer 360』として描いている。当社のCRMであるCustomer 360が各分野での人間の営みを示し、それぞれの分野でAIエージェントが伴走するといった構図だ。また、AIエージェントが伴走して任務を実行するにはそのためのデータが必要なので、『Data Cloud』との連携も欠かせない。セキュリティやプライバシー、アナリティクス、ユーザーインターフェイスなどの基本機能を備えたSalesforceプラットフォームを基盤とした世界観が、Agentforceの目指すところだ」
改めて図3を見ると、Customer 360とAgentforceは表裏一体という構図だ。これはまさしくリアルとバーチャルが対になって動く「デジタルツイン」ともいえるだろう。
また、前野氏は「AgentforceはAIエージェントとして2つの提供形態がある」と述べた(図4)。
図4には5つの提供形態が記されているが、上から4つ目までは各分野でのAIエージェントの活動なのに対し、5つ目の一番下は個別の業務に対応したカスタムAIエージェントも構築可能としている。つまり、各分野に予め対応したAIエージェントと、カスタマイズできるAIエージェントの2つの提供形態が用意されているわけだ。
Agentforceについてこのように説明してきた前野氏は最後に、AIエージェントで実現したいこととして、次のように述べた(図5)。
「AIエージェントによる当社のアプローチとして大事にしているのは、より多くの商談につながって売り上げ拡大に貢献することや、より高い顧客サポートを提供するといったカスタマーサクセスを実現することだ。今、多くの企業でAI活用のプロジェクトが進められており、多くのリソースが注入されている。さらに自社の業務に合ったAIモデルを作るためには相応のトレーニングを実施するなど、さまざまな取り組みが必要となる。Agentforceは単なるAIエージェントだけでなく、それを活用するために必要なものを仕組みとして提供している。図5で言えば、ユーザーには水面下の労力を極力かけず、水面上のカスタマーサクセスにフォーカスしていただこうというのが、Agentforceの狙いだ」
Agentforceは単なるAIエージェントではなく、AIエージェント活用ソリューションといったところか。目的がカスタマーサクセスというのもSalesforceらしいところだ。おそらく多くのSalesforceユーザーがAgentforceを「雇う」だろう。
そこで、AIエージェントをいち早く提供する同社に求めたいのは、ユーザーと共同で投資対効果を明らかにしてほしいということだ。投資額は公表できないとしても何らかの形で投資対効果を示す手段を模索してもらいたい。効果だけでは本当にユーザーのためになっているのかどうか分からないので、ぜひ検討していただきたい。
筆者がこう訴える背景には、「企業にとってAIは宝の持ち腐れではないか」との見方もあるからだ。企業への投資筋もAIに対しては冷ややかに見る目も少なくない。その多くが、AIそのものに懐疑的なのではなく、企業が活用できるようになるまでには思いの外、時間がかかるのではないかと見ているからだ。そうした懸念を払拭するためにも、投資対効果がしっかりと上がっている事例を示したいところだ。SalesforceをはじめAIエージェントを提供するSaaSベンダーには、AIパワーを証明する意味でもトライしていただきたい。
○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。