企業の生成AI活用が進む中で、複数の生成AIが社内に混在するようになりつつある。生成AIによるビジネス変革を進めるために、ユーザー企業がデータをどう適切に管理するか、そのためにどのように取り組めばよいのかが重要だ。NTTデータの取り組みがこの点で参考になると感じたので、今回はその内容から「生成AIを活用したビジネス変革の勘所」を考察する。
●AIは「活用の推進」と「ガバナンス」の“両輪”が大事
「NTTデータグループはAIの取り組み方針について、『積極的なAI活用の推進』と『AIガバナンスの徹底』の“両輪”で進めている」
NTTデータグループが2024年10月24日に開いた生成AIの取り組みについての記者説明会で、この事業の責任者であるグローバルイノベーション本部Generative AI推進室長の本橋賢二氏はこう切り出した。
本橋氏が紹介した同社の“両輪”の取り組みは、社内だけでなく顧客に対しても同様に進めている。いずれも狙いは、生成AIを活用したビジネス変革の推進だ(図1)。
この取り組み方針のキーワードは「両輪」だ。AIの活用とガバナンスを両輪として進めることは、この取り組みの大前提となっている。
その取り組みを推進する組織として、NTTデータグループは「Global Generative AI Office」(日本名では「Generative AI推進室」)を2023年10月に設立し、2024年4月には国内事業会社であるNTTデータ内にも「GenAIビジネス推進室」を設けた。この組織が生成AIを活用して、社内および顧客のビジネス変革や社会変革に向けた価値創造をドライブする役割を担う(図2)。
このように、生成AIの取り組みを推進する組織は、全社を束ねる形にすべきだろう。なぜならば、取り組みの目的はビジネス変革だからだ。
同社は生成AIを活用する企業として、どのような企業像を描いているのか。本橋氏は、「当社が生業としてきたSI(システムインテグレーション)事業は『労働集約型』のイメージが強い。その中身を『AI駆動型』に変えていくことによって作業を効率化し、さまざまな社会課題を解決していける企業を目指したい」と述べた(図3)。
生成AIを活用してビジネス変革を推進する際には、内外の状況を俯瞰(ふかん)した上でありたい企業像を描く。これもビジネス変革が目的ならば、ぜひ実施したいところだ。企業のパーパス(存在意義)を確認する意味でも有効だろう。
ここからは、国内事業会社における社内および顧客でのビジネス変革の取り組みについて紹介する。
本橋氏はまず社内の取り組みとして、ソフトウェア開発の生産性向上を挙げた。同社では2000年代から開発プロセスの標準化、2010年代にフレームワークやアプリケーションのコーディングの自動生成、2020年代には開発と運用を並行して進めるアジャイル開発に取り組み、現在は「AI・データドリブン開発」に注力している(図4)。
同氏によると、「ソフトウェア開発において生成AIを活用した事例は250件以上」とのことだ。なお、図4の下部に記された生成AI人材については、この後取り上げる。
また、本橋氏は「ソフトウェア開発は要件定義や設計、コーディングやテスト、運用や保守、それら全体のプロジェクト管理で構成されているが、当社ではこれらのライフサイクル全体に生成AIを活用することによって、2025年度には50%、2027年度には70%の生産性向上を目標としている。他社ではコーディングへの適用だけで生産性向上を強調しているところもあるが、それでは不十分だ」とも説明した(図5)。
この取り組みで注目したいのは、生成AIの活用において最大の効果を狙うということだ。上記はソフトウェア開発の例だが、最大の効果を狙う上でキーとなるプロジェクト管理はどの仕事にも当てはまる。その視点で最大の効果を狙いたいところだ。
●生成AIのハイブリッド利用ニーズに対応
「人材育成については、全世界の社員約20万人を対象として生成AIの人材育成フレームワークを整備している」
本橋氏は人材育成について、図6を示しながらこう話した。
図6の左がフレームワークで、一番下は全従業員を「リテラシー保持者」にすることを記しており、その上の3つの層は「生成AI活用実践人材」として、2024年度末で1万5000人の見込みを2026年度末には3万人に倍増させる計画だ。
この取り組みで注目したいのは、全従業員をリテラシー保持者にしようと動いていることだ。なぜ、全従業員を対象にする必要があるのか。生成AIの活用は企業にとってDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要な取り組みであり、つまりビジネス変革が目的だからだ。これからのビジネス変革は、全従業員がDX人材にならなければ実現するのは難しい。
次に、顧客のビジネス変革への取り組みについて紹介する。
本橋氏は、次の3つの取り組みを挙げた(図7)。
1. Co-Creation with Client: 先進企業との共創だ。同氏によると、既にグローバルで500件を超える実用化の事例があるという
2. GenAI Ecosystem: 生成AIはすでにさまざまなベンダーから多様な種類の生成AIが提供されているので、それらをNTTデータのプラットフォームからも提供できるように連携を進め、当社のコンサルティングなどを通じて顧客にとって最適なソリューション提供するといった生成AIにおけるパートナーエコシステムの構築だ
3. Client’s Own LLM: セキュアでデータも外部に出さない専用環境において、業務特化型の生成AIを提供するというものだ。「安心、安全」というのがキーワードだ
これら3つの取り組みをつなげると、「顧客との共創をベースにパートナーエコシステムを活用して最適なソリューションを提供するとともに、個別ニーズにもきめ細かく対応する」といったところだろうか。
本橋氏は上記3つの取り組みを挙げた上で、同社の生成AI活用戦略を語った。それによると、パブリックとプライベートの使い方があるクラウドと同様に、LLM(大規模言語モデル)による「オープンな生成AI」とSLM(小規模言語モデル)による「クローズドな生成AI」をフレキシブルにハイブリッド利用したいというニーズに応える構えだという(図8)。
最後に今回の話に関連して、企業の生成AI活用について筆者も考察を兼ねて問題提起したい。
筆者が訴えたいのは「AIマネジメントの必要性」だ。現在は多くの企業において、生成AIをどう活用するかという点に目が行っているが、さまざまな生成AIが社内に混在するようになり、やがてデータの管理や活用も含めて収拾がつかなくなる可能性が高いのではないか。
生成AIを活用するためにデータなどをどう適切に管理するかという意味でマネジメントが重要だ。なお、ここでは「マネジメント」という言葉を使っているが、本来マネジメントには「ガバナンス(G)」「リスク(R)」「コンプライアンス(C)」の要素(「GRC」と呼ばれる)が含まれる。
GRCを含めると非常に大きなテーマになるので、筆者の問題提起としては「社内に混在する生成AIをうまく活用するためにどうマネジメントしていけばよいか」ということで、AIマネジメントの必要性を問いたい。この解決策については、今回のNTTデータの顧客への取り組みの中にもヒントがあるように感じた。同社をはじめ、複数の生成AIを取り扱うITサービスベンダーにぜひ取材してみたい。
○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。