「われわれは今後も一層『HPE GreenLake』に注力する」
米Hewlett Packard Enterprise(HPE)日本法人の日本ヒューレット・パッカードで代表執行役員社長を務める望月弘一氏は、同社が2024年12月12日に開いた今後の事業方針に関する記者説明会でこう強調した。
●「モノ売り」から「サービス提供」へ ビジネスモデル転換がもたらす影響は?
事業方針のスローガンは「Leading edge-to-cloud company」だ。望月氏はその意味について、「HPEはかねて『edge-to-cloud companyになる』と宣言してきた。すなわちエッジもオンプレミスもクラウドも含めたハイブリッドなITインフラを提供する会社になると。そして2024年度(2024年10月期)にこの分野のリーダーになると宣言した。今後もそのポジションにこだわりたい」と話した。
また、ITベンダーとしてのこのスローガンの目的として、「ベンダーニュートラル、クラウドニュートラルな『第三極のクラウドプラットフォーム』を提供し、お客さまのビジネス変革と持続可能な社会に貢献する」ことを掲げる(図1)。ここで言う「第三極のクラウドプラットフォーム」が、同社のハイブリッドクラウド向けサービス「HPE GreenLake」(以下、GreenLake)である。
このGreenLakeの推進こそが、HPEにとっては従来のモノ売りからサービス提供へのビジネスモデル転換へのチャレンジになる。それについて解き明かす前に、HPEが今回発表した事業方針の中からGreenLakeに関する取り組みをピックアップする。
望月氏は、まず「今、日本の企業ではデータ駆動型トランスフォーメーションが求められている」と話した。「データ駆動型トランスフォーメーション」とは、データを活用した企業変革を意味する。そして、その変革を推進するための課題として、次の3つの技術領域と課題の内容を挙げた(図2)。
1. ネットワーキング: データを接続して保護するにはどうすればよいか
2. ハイブリッドクラウド: ITの複雑さを軽減し、コストを制御するにはどうすればよいか
3. AI: データを活用してより多くの情報に基づいて意思決定するにはどうすればよいか
「これら3つの領域における課題に対し、HPEはそれぞれに的確なソリューションを提供する」と述べた望月氏は、各領域へのソリューションのポイントとして、「ネットワークは、インテリジェントエッジに必要なセキュアネットワークを提供する」「ハイブリッドクラウドは、『Hybrid Cloud by Design』の実現を支援する」「AIは、AIのライフサイクル全体にソリューションを提供する」といった点を挙げた。
ちなみに「Hybrid Cloud by Design」は、「成り行きでできあがったハイブリッドクラウドではなく、ハイブリッドクラウドを自らデザインする」(望月氏)とのメッセージを込めた取り組みのことだ。
そして、この3領域のソリューション群を包含するのがGreenLakeだ。望月氏は、「これによって、最適化されたITインフラを『アズ・ア・サービス』で提供している。GreenLakeによって目指すのは、お客さまがデータ駆動型トランスフォーメーションを実現することだ」と、改めてユーザーニーズに応えることを強調した(図3)。
●IT業界全体がリカーリングによるビジネスモデル転換へ
望月氏は事業方針の説明の最後に、HPE日本法人としてのモットーについて次のように説明した。
「2024年度までのモットーは『Journey to One』だ。社内の各部門が共通のゴールを目指してワンチームとなり最大価値を提供するためのジャーニーを進もうというものだった。2025年度(2025年10月期)はモットーとして『One HPE』を掲げ、これまでの活動に拍車を掛けるとともに、パートナー企業とのエコシステムも合わせて一体となって活動したい」
具体的な施策としては「Edge-to-Cloudサービスの拡充」「ソリューションセリングの加速」「パートナーソリューションとHPEアセットの融合」の3つを挙げた。この中のEdge-to-Cloudサービスが、すなわちGreenLakeだ(図4)。
振り返れば、2018年にHPEはGreenLakeを本格的に事業としてスタートし、2022年には同社の全ての製品を対象とした。ただし、GreenLakeが何かといえば「HPEのサーバやストレージなどのハードウェアを顧客が指定する場所に設置し、使用したITリソースに応じて従量制で課金するサービス」というのが、もともとの捉え方だった。オンプレミスでありながらクラウドのように変化に対応するシステム基盤を、初期コストを抑えて導入できるのが特徴だ。
本稿冒頭で、HPEにとって「GreenLakeがビジネスモデルの転換へのチャレンジになる」と記したが、その本質はどこにあるのか。先述したように、ビジネス形態として従来のモノ売りからサービス提供へ変わるのだが、肝心なのはそれに伴って費用のやりとりが変わることだ。ユーザーからすれば、買い取りからリカーリング(継続課金)に変わることなる。
リカーリングとはまだ耳慣れないが、幅広いサービスに適用されている「サブスクリプション」(サブスク、定額課金)や、クラウドサービスなどで利用量に基づいて課金される「コンサンプション」(従量課金)を包含した言葉だ。定額だろうが従量だろうが「継続」の課金に変わりはないので、本稿ではリカーリングと表現する。
ビジネスモデルということでは、物品などの販売を通じて単発の収益を得る「フロー型ビジネス」と、サービスを継続的に提供してそれに伴って収益も継続的に得る「ストック型ビジネス」がある。リカーリングは後者のストック型ビジネスの典型的なモデルであり、これによって安定的な収入を見込める。
HPEにおいてGreenLakeによるリカーリングは、事業全体のどれほどの割合を占めているのか。言い換えれば、ビジネスモデルの転換はどのくらい進んでいるのか。会見の質疑応答で聞いたところ、望月氏は日本法人の状況として次のように答えた。
「受注の動きからすると、GreenLakeの割合は全体の2割程度というのが現状だ。このところハードウェアの受注も好調なので構成比として大きな動きはないが、今後一層GreenLakeに注力するので、全体の中での割合も着実に増えていくと考えている」
サービスビジネスは他のITベンダーも注力しており、HPEと競合関係にあるDell Technologies(以下、Dell)は「Dell APEX」、日本でも富士通が「Fujitsu Uvance」、NECが「NEC BluStellar」といった新たなブランドを掲げている。こうした動きの背景には、リカーリング率を向上させてストック型ビジネスを増強しようという狙いがある。
例えば、富士通はFujitsu Uvanceによって事業全体におけるリカーリング率を2023年度(2024年3月期)実績の21%から、2024年度(2025年3月期)に35%、2025年度(2026年3月期)には45%に高めると明言している。
IT業界全体で見ると、クラウドサービスベンダーのビジネスモデルはもともとリカーリングであり、ハードウェア商材の売り上げ比率が割合が高いHPEやDellも上記のような動きを示し、さらにこれまでSIer(システムインテグレーター)と呼ばれてきたITサービスベンダーもサービスビジネスの強化によってリカーリング率の向上に努めている。
来たる2025年のIT業界は2024年に引き続いてAI活用が話題の中心になるだろう。そのAI活用も追い風になる形で、リカーリング率向上によるビジネスモデルの転換が本格的に進むのではないか。またこれはビジネスモデルだけでなく、IT産業の構造変化にもつながる話だ。ユーザーとしても注視する必要があるだろう。
○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。