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中国スマホが“とある場所”で「消しゴムマジック」を使えないワケ 実際に検証してみた

ITmedia Mobile 2024年6月25日 17時15分

 Google Pixelの新機種が登場し、AIを用いた編集機能がテレビCMでアピールされるなど、注目を集めている。このような機能は他メーカーの機種でも利用できるが、実はメーカーによっては「編集できない」被写体がある。今回はその事例を確認してみた。

●まずはPixelの「編集マジック」をおさらいしておこう

 Pixelなどで利用できる「編集マジック」は、従来の「消しゴムマジック」から一歩進んだ処理だ。被写体を切り抜いて自由に移動、サイズ変更も行える。また、被写体がもともといた部分は自動的に塗りつぶすといったことが行える。

 編集マジックと消しゴムマジックの大きな違いは「生成AIを利用しているか否か」になる。例えば野山や建物、人物などを識別して高精度に切り抜くことができ、切り抜いた部分は背景に近い描画で塗りつぶす。この「塗りつぶし」の部分に生成AIによる処理が含まれているのだ。

 もちろん、画像認識精度も向上しており、従来なら「建物」「人物」といったおおまかなジャンルで識別していたものを、もっと詳細まで識別できるようになった。建物の固有名詞はもちろん、著名人であれば個人名までヒットさせることができる。PixelやGalaxyで利用できる「かこって検索」機能は、まさにそのたまものといえるものだ。

 これらの機能はPixelやGalaxyだけで利用できるものではない。市場シェアでも存在感を見せるHuaweiやXiaomiをはじめとした中国メーカーの機種も力を入れ、類似の機能が利用できるようになっている。中国ではこれらの機能が利用できる「AIスマホ」が2024年中には3700万台も出荷されるのではないかという見立てもされており、各社力を入れている。

 一方で、生成AIを用いる機能をオンデバイス(オフライン)で処理できるものは限られており、現時点ではPixelやGalaxyはじめとした機種でも画像生成はオンラインの状態でないと利用できない。

●中国で販売されるスマートフォンには「編集できない場面」が存在する

 そんな中、SNSで「中国で販売されるスマートフォンでは、特定の場面で消しゴムマジックが使えない」という内容の投稿が話題になった。今回筆者も編集部が提供してくれた写真を、実際に中国国内で販売される機種を用いて編集してみることにした。

 今回は被写体のうち、背景に写りこんだ人物群を消去してみることにする。いくつかの機種で試したが、筆者の手元にあった中国メーカーのスマートフォンのうち、Huaweiのスマートフォンでは天安門広場で撮影した写真に対し、生成AI処理による編集ができなかった。

 今回の写真では問題なかったが、vivo、OPPO、Xiaomiの機種でも被写体によっては「編集できない」といった内容が表示された。どこかのメーカーがダメというわけではなく、中国で販売されている機種では何かしらの理由で弾いている可能性が高い。

 また、古い機種では問題なく処理できる。Pixelでいう「消しゴムマジック」に当たる処理は問題なく行えるようだ。今回うまく出力できなかったものは比較的新しい機種で、いずれも生成AIを用いた塗りつぶし等が可能な「編集マジック」に近い機能を用いる点が違いとなる。

 いずれも画像認識をして弾いていること。これを行わない古いタイプの編集機能では利用できることから、中国本土向けに販売されている機種は、生成AIによる予期せぬ処理がかかる恐れのある被写体や画像を識別して弾いている可能性が高いと判断する。

●天安門で画像編集ができない理由は「中国向けのローカライズ」

 前述した仮説をもとに調べていくと、興味深いことが判明した。実は、中国で生成AIを用いたサービスを一般消費者に提供するには、中国政府の許可が必要なのだ。これは2023年に中国では「生成AIサービス管理暫定弁法」というものが制定され、一般公衆に提供する生成AIサービスは言語モデルをはじめとしたAIの学習内容はもちろん、特定の内容が生成できない「調整」といったものが政府から審査されるのだ。

 その中には「共産主義の転覆や反政府的な活動をあおる内容」も含まれ、あらかじめ出力できないようになっているという。これらの審査をパスしなければ、中国では生成AIを利用したサービスそのものを提供できないのだ。

 ここで天安門の画像をはじく理由が納得できた。歴史的な事件や行事の舞台となった天安門は「反政府的な活動」を防ぐために、現地には多くの武装警察が巡回している。これは中国のインターネット上でも同様で、「共産党体制の転覆」を暗喩するような内容の投稿はできないといった厳しい監視がされている。例えば、「天安門事件」に関するものをSNSで発信できない件は有名な話だ。

 その一方で、天安門広場から見た裏手、人民英雄記念碑をバックにした写真は問題なく編集できた。このことから、生成AI側で「象徴的な天安門」や「天安門に掲示される毛沢東氏」をはじく挙動だと考えられる。

 また「国家元首を侮辱する」といった表現を防ぐという観点からか、習近平国家主席や毛沢東氏の写真や肖像画も生成AIを用いた機能で編集することができない。加えて、習氏を示すネットスラングとして中国では検閲対象となる「くまのプーさん」も生成AIを用いた編集はできない。

 機種によっては「89」や「64」といった数字を表示したスマホの画像を編集しようとしても弾かれた。「89」「64」は天安門事件の起こった日の「1989年6月4日」からとったスラングであり、中国では検閲対象になっている。中国では広く普及しているAlipayなどの決済アプリでも、この数字の並びの金額は送金できないといった強固な態勢が敷かれている。

 ただ、この挙動が確認できたものはHuaweiの機種のみで、これは各社が使用しているAIモデルの差が出ているように感じた。

 このような結果になるのは、「中国メーカーだから」とは限らない。Galaxy AIをアピールするサムスンも中国で販売する機種に関しては大きな仕様変更を強いられている。こちらも日本を含めたグローバル向けとは異なり、中国向けはBaiduのAIが採用されるなど、仕様が大きく異なる「ローカライズ」が施されている。

 そのため、将来的にオフライン環境で利用できる「オンデバイスAI」による画像編集が可能になったとしても、中国向けのAIで生成されるものは特定のシーンではうまく機能しない可能性が高いのだ。

●ある意味地域に根ざしたローカライズ 中国メーカーでも他国向け機種は問題なく動作

 中国のインターネットは各種検閲、情報統制などの関係で、先進国ながら「インターネットの自由度が低い」と評価されている。もちろん、このような国で販売されるスマートフォンはその影響を大きく受け、生成AIを用いる画像編集にも影響を及ぼしている。ある意味、地域に根差したローカライズと評価できる。

 また、今回試したメーカーのスマートフォンでも中国本土地域以外で販売される機種については、このような場所でも問題なく利用できる。今回紹介した例はあくまで「中国国内向けに販売される機種に限る」点は留意していただきたい。

 これは中国で販売されている機種とそれ以外の地域向けでは搭載されているソフトウェアが異なる事が理由だ。Huaweiやvivoは搭載されるソフトウェアが中国向けとそれ以外の地域では名称や仕様が異なり、Xiaomiも中国向けと日本を含めたグローバル向けでは異なるソフトウェアが採用されている。地域ごとに明確に分けられているのだ。

 その一方で、各種処理を行うサーバが中国国内にある場合は、表現にある程度制約がかかる可能性は否定できない。多くの場合、中国の検閲に意図的に引っ掛かるような画像のAI編集をしなければ、この表示にはたどり着かないので安心してほしい。

 強いて一般の利用者が気になるとすれば、今回のような天安門広場といった観光地で撮影した写真を編集する際に制約があるといったところになりそうだ。

 地域が変われば事情も変わる。それは地域に根ざしたスマートフォンでも例外ではない。今回の生成AIを用いた編集の可否は「ある種の中国向けローカライズ」を体験することができた。繰り返しになるが、中国メーカーの機種でも日本を含めた中国大陸以外の地域で販売されている機種ではこのような挙動はしないため、安心して生成AIを用いた機能を利用してほしい。

●著者プロフィール

佐藤颯

 生まれはギリギリ平成ひと桁のスマホ世代。3度のメシよりスマホが好き。

 スマートフォンやイヤフォンを中心としたコラムや記事を執筆。 個人サイト「はやぽんログ!」では、スマホやイヤフォンのレビュー、取材の現地レポート、各種コラムなどを発信中。

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