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楽天モバイルが“大幅前倒し”でプラチナバンドを運用開始できたワケ “飛びすぎない”対策も必須に

ITmedia Mobile 2024年6月29日 6時5分

 楽天モバイルは、6月27日にプラチナバンドの電波を発射し、商用サービスを開始した。周波数帯は700MHz帯で、帯域幅は3MHz幅。4GのLTEとして電波を活用している。紆余(うよ)曲折を経て楽天モバイルにこの周波数帯が割り当てられたのは、2023年10月のこと。そこから約8カ月で、サービス開始にこぎつけた格好だ。これによって、既存の周波数帯では電波が届きづらかった屋内や地下などのエリア化が容易になる。

 総務省に提出した開設計画では2026年3月を目標にしていたため、そのスタートを大きく前倒しした格好だ。一方で、現時点で開局しているのは東京都世田谷区にある1局のみ。電波も1セクターにしか発射しておらず、その効果はかなり限定的になる。では、楽天モバイルはどのようにプラチナバンドを活用、拡大していくのか。同社の常務執行役員 副CTO兼モバイルネットワーク本部長の竹下紘氏と、執行役員 先端技術開発本部 本部長の大坂亮二氏、無線アクセスネットワーク本部 RAN技術開発部 部長の南里将彦氏に話を聞いた。

●ついに始まった楽天モバイルのプラチナバンド、飛びやすい電波でエリアの穴を埋める

 楽天モバイルの周波数帯に、700MHz帯のプラチナバンドが加わった。同社は、2023年10月に電波の割り当てを受け、4月に試験電波発射を開始。6月27日に「事業者専用モードの規制を解除した」(竹下氏)ことで、一般のユーザーもこの周波数帯を利用できるようになった。700MHz帯は、楽天モバイルがこれまで展開してきた4Gの1.7GHz帯より電波が回り込みやすく、エリアの拡大が期待できる。

 楽天モバイルがプラチナバンドでカバーを狙っているのは、都市部の屋内や地下といった電波の届きづらい場所だ。実際、「今回基地局を建てた場所の周辺では、(電波が入らないという)お声をちょうだいしていたところがあった。1.7GHz帯の電波が弱いところだと、屋内に入ると圏外になってしまうことがある。そこがプラチナバンドでカバーできている」(大坂氏)という。

 一方で、プラチナバンドはカバーできる範囲が非常に広く、高い建物などの上に取り付けると、数キロから十数キロ単位まで電波が飛んでしまう。接続する端末が膨大になると、帯域が不足し、輻そうの原因にもなる。また、700MHz帯は地上デジタル放送と近い周波数帯のため、ブースターを使っている場合などに影響を受けることもある。そのため、影響が懸念される場所には「700MHz利用推進協会」を通じて対応策を取らなければならない。

 こうした事情もあり、楽天モバイルのプラチナバンドはあくまで屋内対策といった部分に力点が置かれている。設置した基地局も、「電気的にかなりチルトをかけ、下に向けている」(南里氏)。楽天モバイルの設置した基地局は、1.7GHz帯と700MHz帯のチルト角を個別に調整できるというが、700MHz帯は電波が飛びすぎないよう、1.7GHz帯より大きく下に傾けているという。プラチナバンドだからといって、一気に圏外を解消できるわけではない。

 また、700MHz帯の3MHz幅は、2レイヤーのMIMOを入れ、変調方式を256QAMにした場合でも、下りの速度は約30Mbpsしか出ない。複数の端末がつながった場合や条件が悪いと、スループットはこれよりさらに遅くなる。プラチナバンドが導入されたからといって、もともと楽天モバイルの電波が入っていた場所でスループットが向上するわけではない点には注意が必要だ。プラチナバンドは、あくまで音声通話や最低限のデータ通信をするための“穴埋め”として活用される。

 楽天モバイル側も、スループット向上のために活用することは考えていないようだ。現状、700MHz帯の3MHz幅はキャリアアグリゲーション(CA)ができない。「(携帯電話の標準仕様を定める)3GPPの規格上、CAの対象外になっているため単独での運用になる」(竹下氏)からだ。南里氏は、「1.7GHz帯で圏外になるお客さまに電波をお届けするという意味では、仮に標準化ができたとしても、CAはやらない方がいいかもしれない」と語る。「徹底的な負荷分散という観点だと、CAがない方がいい事例もある」(竹下氏)という。

 楽天モバイルは、同時に5Gのエリアが出力向上で拡大していることを発表しており、2024年内には関東エリアのカバー範囲を最大1.6倍にしていく予定。衛星通信の地上局と干渉調整が済んだ東海地方や近畿地方では、それぞれ1.7倍、1.1倍にエリアが広がっている。また、Massive MIMOのビームフォーミング機能拡張や4G、5Gのハンドオーバーの改善によって、通信品質を向上させている。トラフィック対策は、やはり5Gの拡大が中心になる。

●急ピッチでスタートしたプラチナバンド、完全仮想化もプラスに

 700MHz帯の運用を始めたばかりの楽天モバイルだが、同社は現在、ローミングという形でKDDIから800MHz帯を借りており、エリアの補完に活用している。自社のプラチナバンドとKDDIローミングのすみ分けはどうなっていくのか。竹下氏によると、「KDDIのローミングは人口カバー率99.9%を補完してもらうのが目的だが、あまりご迷惑をおかけしてもいけないので、基本的にはわれわれでさばいていくことになる」という。

 現在、基地局がある場所ではローミングを行っていないが、「今、KDDIに頼っている部分もプラチナバンドで埋めていき、全てを組み合わせてベストミックスで提供していく」(同)方針だ。実際にローミングを終了するかどうかは、「展開をしてみて、エリアの状況を見ながら(KDDIと)お話させていただくことになる」(同)という。

 免許の交付から約8カ月でプラチナバンドのサービスインにこぎつけた楽天モバイルだが、総務省に提出した開設計画では、2026年3月にサービスを開始するとしていた。もともと、この時期はあくまで保守的に見積もった場合としていたが、差し引きすると、サービスインを1年半以上巻き上げた計算になる。1月の段階で楽天グループの会長兼社長の三木谷浩史氏から5月ごろと発表されてはいたが、南里氏は、「本当はもっと遅い計画だった」と明かす。

 「基地局側の技適取得やライセンス、700MHz協会との調整を考えると、本来はもう数カ月はかかる予定だった。特に技適は認証機関が空いておらず、最初はお断りされてしまっていた。ギリギリ一発勝負だったが、認証は何とか取れ、その後の調整をしてなんとかサービスインにこぎつけた」(同)

 ネットワークが完全仮想化されているため、周波数の追加も比較的容易にはなっているものの、「3MHz幅に対応するためのカスタマイズは必要だった」(竹下氏)。南里氏によると、「VoLTEやハンドオーバーなどの機能は1.7GHz帯からの移植になるが、そこと組み合わせて動作させるDU(Distribution Unit=基地局のアンテナや制御する装置)側の開発工数が多かった」という。

 開発しているのは、楽天モバイル傘下の楽天シンフォニー。竹下氏も、「楽天シンフォニーのRAN開発部隊と、膝を突き合わせて開発状況をトラックしていった」と振り返る。実際に商用のソフトウェアができたのは、「5月中旬ごろ」。そこから商用環境に導入しつつ、試験を併用しながら運用開始に至ったという。

 もっとも、「ベースバンドの動作として大きな分かれ道になるのが、FDD(周波数分割複信)とTDD(時分割複信)。700MHz帯は1.7GHz帯と同じFDDだったため、基本設計が同じなので帯域幅のカスタマイゼーションに集中できた」(同)。綱渡りであったのは事実だが、前倒しができたのはネットワークが完全に仮想化されていたため。投資額を500億円に抑えられているのも、こうしたベースがあるからだ。

●基地局拡大はどうなる? 飛びすぎないチューニングにも課題が残る

 旧ピッチで導入したため、まだまだ積み残している課題もある。プラチナバンドでサービスを開始したとはいえ、現時点での基地局数は、世田谷区(東京都)に開設した1局のみ。しかも、電波は1セクターになっている。通常の基地局は、3セクターなり6セクターなりに分割し、1つの基地局で広いエリアをカバーする。細かく分けて電波を吹けば、その分だけ周波数の利用効率も高まる。

 まず、セクター数に関しては「今回はスピードを優先させた。700MHz協会のプロセスをスキップできるよう、あまりテレビ受信に影響がないところを選んだ」(大坂氏)という。竹下氏も、「最速で今年の6月を目指していた。その前提で何ができるかを示し、少しでも早くマーケットに対してメッセージを出し、技術的な検証もしかった」と語る。1セクターは通常の運用ではなく、あくまで開始を急いだためだ。「今後は3セクター化していく」(同)のが、楽天モバイルの方針だ。

 基地局数はどう拡大していくのか。大坂氏によると「基本的には都市部といっても、まずは大都市圏になる」という。関東圏でいえば「東京が多く、そこから少しずつ広げていく」(同)イメージになる。上記のように700MHz帯は干渉対策も必要になるため、楽天モバイルの思惑だけでは基地局を設置できない。そのため、「既存の1.7GHz帯に併設する形で、徐々に開設計画にある通りにしていく」(同)。

 他社の場合、地方では鉄塔を建て、その上でプラチナバンドの電波を出し、面的なカバー範囲を広げている。これに対し、楽天モバイルは都市部を中心に計画を立てているのが大きな違いといえそうだ。ただし、「郊外に展開にするにあたっては、「そういったオプション(鉄塔)も出てくる」(竹下氏)。一方で、これはまだ検討段階。「3MHz幅を考慮しなければならず、広く飛びすぎて多数の端末を収容すると、体感品質が悪くなってしまう」(同)恐れはある。

 また、対策は取ってあるとはいえ、都市部でも人が密集している場所に700MHz帯だけが飛びすぎてしまう可能性は残る。竹下氏も「その懸念はごもっとも」としながら、「他社の事例も見ても、プラチナバンドは吹きだまりのようにたまってしまうことがある」と語る。

 パケ詰まりが起こりやすいのは、こうしたエリアだ。そのため、楽天モバイルでも「あえて1.7GHz帯を足して、少しでも700MHz帯の負荷を下げることはやらなければいけないと思っている」(同)という。現状ではまだ住宅地にとどまっているため、その知見を蓄積し、計画を立てるのはこれからだ。

 竹下氏が「マーケットに対するメッセージ」と語っていたように、現時点でのプラチナバンドはマーケティング的な意味合いの方が強いことがうかがえる。チューニングにも時間がかかるため、エリアの広がりを実感できるレベルになるには、まだ時間がかかりそうだ。とはいえ、スタート地点に立つことができたのも事実。発表会では、代表取締役社長の矢澤俊介氏が「このペースでどんどんスピードを上げていきたい」と語っていたが、その進展を期待して見守りたい。

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