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スマホの“SIMのみ契約キャッシュバック”が激化しているワケ 解約率上昇も様子見が続く

ITmedia Mobile 2024年8月10日 6時5分

 電気通信事業法で定められたガイドラインにより、大手キャリアの端末購入補助は最大4万4000円(税込み、以下同)に制限されている。2023年12月の改正で、回線契約にひも付いた場合には、端末単体の割引もこの額に含まれるようになった。それ以前のように、契約に対して2万2000円、端末単体に対して無制限に割引が出される状況に歯止めがかかった格好だ。

 こうした状況を受け、各社の獲得合戦の様相が変化してきた。特に流動性を高めているのが、「SIMのみ契約」だ。これは、端末を持ち込む前提でSIMカードなりeSIMなりの回線だけを入手する契約方法のこと。現行のガイドラインでは、このSIMのみ契約にも最大2万2000円のキャッシュバックやポイントバックを行うことが可能だ。この競争が激化し、各社の解約率が上昇傾向にあるという。その実情を解説する。

●2万2000円規制のSIM単体契約、irumoも参戦し競争が激化

 現行のガイドラインでは、端末購入とは別に、SIMのみ契約の補助に対しても制限がかかっている。その額は2万2000円。端末込みの場合、4万4000円を下回る機種は2万円に制限されているが、回線だけの契約にも、これと同じ額のキャッシュバックなり、ポイントバックなりが認められている。

 端末そのままで回線のみを入れ替える場合や、オープンマーケットで自ら端末を持ち込んで契約する場合の規制というわけだ。端末の割引ではないため、ユーザーが直接利益を得やすいのが特徴で、各社ともSIMのみ契約には上限いっぱいのキャッシュバックを特典として付与している。eSIMの普及でオンライン契約が気軽にできるようになったことも、この動きに拍車を掛けているとみていいだろう。

 例えば、ドコモオンラインショップで「eximo」や「はじめてスマホプラン」にMNPで契約した場合、2万ポイントのdポイントが特典として付く。新規契約で電話番号を発行した場合でも、1万ポイントが入手できる。eximoだと数カ月で料金と相殺されてしまうが、対象となる料金プランには月額1100円の「5Gデータプラス」も含まれているため、ドコモで2回線目が必要な人には“おいしい”特典といえる。

 低容量、低料金を売りにしたirumoでもSIMのみ契約のキャッシュバックが行われており、月額2167円の3GBプランを契約し、dカードやdカードGOLDで料金を支払うように設定すると、新規契約、MNPを問わず1万ポイントが還元されるキャンペーンを実施している。9GBプランでMNPだと、その額は1万7000ポイントに上がる。さらに、月額550円の0.5GBプランでも、MNPで半年分、新規契約で2カ月分のdポイントを付与するキャンペーンを展開している。

 KDDIもau Online ShopでSIMのみ契約に対し、1万円相当の還元を行っている。また、サブブランドのUQ mobileの場合、最大1万円に加えてau PAYの利用額に応じた還元を行っており、追加で1万円分の残高がもらえる。ソフトバンクもY!mobileの特典として最大2万円相当のPayPayギフトカードを付与しており、特にサブブランドでの獲得競争が激化している印象が強い。サブブランドはSIMのみ契約の多いMVNOへの対抗馬として成長してきた経緯もあり、こうしたキャンペーンはほぼ“定番”になりつつあるのが実態だ。

●KDDI、ソフトバンクは解約率上昇 ドコモは今後拡大する可能性も

 このSIMのみ契約の競争が、大手キャリアの間で激化しているという。8月2日に開催されたKDDIの決算会見では、代表取締役社長の高橋誠氏が「SIM単体(の販売に)力を入れると、そこで(ユーザーの)数が移動する」とコメント。「これが健全かどうかは置いておくとしても、この部分で解約率が上がっている」と語った。解約率を、「SIM単体の契約が左右している」状況になりつつあるというわけだ。

 実際、KDDIの決算資料を見ると、「マルチブランド解約率」は1.11%まで拡大。前年同期の0.96%や、前年度通期の1.05%を上回っている。高橋氏によると、「auの解約率は開示していないが、0.5%より上で1%より低い」という。数では少ないはずのSIM単体契約が、全体の解約率を押し上げていることが分かる

 これは、ソフトバンクも同じだ。同社の24年度第1四半期の解約率は、KDDIよりやや高めの1.39%。前年同期の1.05%や前年度通期の1.13%より高い数値で、上昇傾向にあることが見て取れる。全体の解約率は3G停波の影響もありそうだが、スマホに絞った解約率も1.18%と、前年同期の1%より0.18ポイント上昇している。これも、SIM単体契約の流動性が高まっていることを示唆した数値と見てよさそうだ。

 ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏も、「SIMのみを契約して短期で乗り換える方が一定数いるのは事実」と明かす。ソフトバンクにとっても「獲得はしやすい」が、その反面「解約率の押し上げがある」(同)という。宮川氏によると、「SIMだけを契約し、インセンティブをもらったら半年や3、4カ月でグルグルと回る方がいる」という。こうしたユーザーは「本当に大事にしたいユーザーの利益を消化しながら流れているので、何とか手を打ちたい」というのが宮川氏の考えだ。

 これに対し、ドコモも解約率は上昇している一方で、KDDIやソフトバンクと比べると、その幅は小さい。第1四半期の解約率は全体が0.75%。ハンドセット(携帯電話端末)に絞ると、その数値は0.7%まで下がる。前年同期の0.7%より0.05ポイント上がってはいるものの、2社と比べるとその上がり方は緩やかだ。

 日本電信電話(NTT)の代表取締役社長、島田明氏は「SIM単体のところは(キャリアを)変えやすいこともあり、比較的流動性は高いと思うが、特段そこで何か特徴的なことがあるという認識ではない」と語る。ドコモは、低料金ブランドのirumoを2023年に始めたばかり。SIM単体契約への還元も、徐々に積み増している。サブブランドの歴史が長いKDDIやソフトバンクと比べ、SIM単体契約の母数が少ない可能性が高い。こうした点が、解約率の歯止めになっていることがうかがえる。

●端末単体への割引規制が契機か、各社様子見の状況

 SIM単体契約のキャッシュバックやポイント還元は以前から実施されており、2023年12月のガイドライン改正で大きく緩和されたわけでもない。では、なぜ突然解約率の数値に反映されるようになったのか。理由の1つには、端末単体販売の割引に制限がかかったことありそうだ。ガイドライン改正以前は、端末単体への割引がほぼ無制限に行われていた。比較的高額な端末を売却すれば、SIM単体契約へのキャッシュバックやポイント還元以上の“利益”を得られる。

 ガイドライン改正以前は、あえて利益供与の上限が2万円に制限されたSIM単体契約を選ぶ必要性が薄かったといえる。一方で、2023年12月の改正で端末単体への割引も含めて制限は4万円になり、結果として10万円を超えるようなハイエンドモデルにはある程度の価格がつくようになった。現状では、残価設定型のアップグレードプログラムを組み合わせて実質価格を抑えるのが主流だ。この場合、端末を返却せずに売却するとかえって支払いが増えてしまう恐れもある。相対的に、SIM単体契約のお得度が増したというわけだ。

 また、ドコモがirumoのSIM単体契約にdポイント還元を行っているように、獲得競争に参戦するプレイヤーの数も増えている。楽天モバイルも、紹介キャンペーンでMNPをする側に1万3000ポイントを付与。紹介したユーザーにも7000ポイントを与えている。もともと、家族を招待することが多かったキャンペーンだが、ここに「最強家族プログラム」が加わり、契約者数の獲得に拍車が掛かった。こうした動きも、SIM単体契約の流動性を高める要因の1つといえそうだ。

 還元をやめれば済む話だが、「電気通信事業法の中ではSIM単体の契約のインセンティブは2万円が上限で、構造的には(キャッシュバックが)できてしまう」(宮川氏)。「本当はみんなでインセンティブを止めるのが一番いいが、どこか1社が最初に止めるのは勇気がいる」(同)。競争上、1社だけがキャッシュバックやポイント還元をやめると、そこが草刈り場になってしまう恐れがある。

 とはいえ、「マルチブランド解約率の1.11%が大問題かというわけではなく、SIM単体の流動性を見ながらやっていく」(高橋氏)という見方もある。解約率を押し上げたといっても、コンマ数%の話。総額も2万円までに規制されているため、獲得コストが大幅に上がるわけでもない。むしろ、端末を最大で4万円値引く方が一時的にはコストは大きくなる。その意味では、各社とも様子見をしている段階といえる。

 逆に、この数値がさらに上がってくれば、ガイドラインの改正でSIMのみ契約の規制強化を求める声が上がる可能性もある。スマホの割引は通信量の増加によるARPU(1ユーザーあたりの平均収入)向上の効果や、より効率的な通信方式への移行を促す効果もあるが、SIM単体契約ではそれも見込みづらい。現金やそれに近いポイントでユーザーを獲得するのは、不毛な戦いのようにも思える。その意味で、解約率の動向は今後も注視ておきたい。

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